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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【1−4】

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 いつか、奏人に話せるといい。
『あの時』のことを。
 奏人になら話せる。
 そう思えるし、わかってることだけど、今はまだ無理だから。だから、いつか――。

「あ、ねぇ奏人? そういえば、奏人のお父さんの会社、社名が変わるかもしれないって噂があるってうちのお父さんが言ってたけど。それ、ほんと?」
 露草の鮮やかな青を堪能した後に、清廉な青紫が揺れる桔梗のゾーンに入った。そこで、つい最近お父さんから聞いた話が不意に思い出されたから、尋ねてみた。
「へぇ、白藤教授のところにまで伝わってるんだ。びっくりした。それね、じいさんのジョークが原因だから、誤情報だよ。悪いけど、訂正しといてくれる?」
「ジョークなの? お父さんも研究室に来たお客さんからの又聞きだから確証のない噂だよ、って前置きしてたけど。じゃあ、そう言っとくわね」
 大学教授のお父さんの研究室には色んな人が出入りするから、自然と噂も集まってくる。
 けど真偽の確認はできないから安易にそれを広めたりはしないけど、奏人のお家のことだからと私に聞かせてくれたの。
「悪いね。じいさん、取引先のパーティーでリップサービスのつもりで口にしたらしいんだ。まぁ、漢字の社名を今どきの流行りに乗ってカタカナか英字にする程度の意味だったらしいんだけどね」
「あ、そういうことなのね。でも私、『桔梗製薬』って社名、すごく好きよ。ずっと漢字のままがいいな」
 奏人のお家は、明治以前は武家の家柄だったらしいんだけど、維新の後に製薬会社を興されたのだという。
 土岐家の家紋の『土岐桔梗ときぎきょう』にちなんで名づけられたという社名は、字面も響きもとても綺麗で素敵だと思うの。
 
「そういえば、白藤教授、いつ帰国したの?」
「あ、言ってなかった? 先週よ。ずっと涼しいカナダにいたから日本の残暑との気温差で風邪ひいちゃって、いつでもどこでも鼻水垂れ流しっぱなしなのよー。嫌になっちゃう」
「ははっ! あ、ごめん。おかしくて、つい」
「ううん、いいの。誰だっておかしいと思うわぁ。ほんとに、いつもお鼻をズビズビ言わせてるんだもん」
「いや、そっちじゃなく。白藤教授への涼香の対応が、ね。涼香って、お父さんにはわりといつも容赦ないよね。あんなに優秀で、しかも美形な方なのに、たまに気の毒になるくらいケチョンケチョンにけなしてるよ」
「え、美形? お父さんが?」
 やだ。奏人ったら何言ってるの? うちのお父さんよ? 有り得ないっ。
「うちのお父さんはハーフってだけで、美形の括りには入らないわよ? 美形っていうのは、うーん……あ! チカちゃんとこの成親《なりちか》お兄さんのことよ! あと、司波くん!」
 うんうん。成親お兄さんと司波くんのほうが、鼻水でろでろお父さんよりもずっと綺麗よ。
「……あぁ、成親さんか。確かに、ね」

 ん?
 奏人が、歩みを止めた。
「ねぇ、涼香? この話をふったのは俺だけど。成親さんはともかく、ここで司波の名前を高らかに告げてくるって、どういうことかな?」
「ふぇっ?」
 ぎゃっ! 変な声出しちゃった!
 でもでも、仕方ないと思うの。だって、手を繋いで隣を歩いてたはずの奏人の腕が後ろから胸元に回ってきて、背中に体温を感じるんだもの。
 あと、『どういうことかな?』が、耳朶に触れながら聞こえてきました!
 つまり、これ、いわゆる『なろ抱き』ですが。でもどうして、こうなったっ?


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