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試される覚悟 #1

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「――なぁ、いいだろ?」

「……っ」

「どんだけ待たせんだよ、俺のこと」

 自分の声の“威力”は、ちゃんと知っている。

「や……待って」

「もう、待てない」

 蕩かすように囁いて、その顔を覗き込んでみれば。俺を見返す瞳が、甘い色を含んで揺れている。

 『待って』と口にしながらも、そこに拒絶の意思がないことに気を良くした俺は、細い首筋に中指をそっとあてがうんだ。鎖骨から上へ。目線を合わせたまま、そろりとなぞり上げていく。

「ひ、人が……」

「大丈夫。誰も見てないから」

 キョロキョロと落ち着かなげに動く瞳を縫い止めるように、これ以上ないくらいに顔を近づけて。ぷっくりとした下唇へと、さらに指を伸ばしてみる。

「そんなわけないやん! ここ、駅やしっ! 利用客さん、ようさん、いてはるやん!」

「あ、そう? 人、たくさんいたかなー? 気づかなかった。俺、お前しか見えてなかったから」

 予測通り、『また、ここか』というところで入った初琉からのツッコミに、にっこりと微笑み返した。

 そんな俺に対して、『うわぁ……』とでも思ってそうな、まさしく残念そうな感想を浮かべているだろう表情に、思わず口元が緩む。

 眉根を寄せ、盛大に顔をしかめた様相にすら、愉悦と満足を感じてしまうほどに、もう俺はコイツにやられてしまってるんだ。



 あの秋祭りの夜から、ひと月半。こんな風にまた、学校帰りの初琉を駅で捕獲。からかうことが出来るようになった。

 本当に、良かった。

 しかし、壁ドンっつーのは、どこでも出来るもんなんだな。自動券売機の横に引っ張ってきた小柄な肢体は、両手で囲んでしまえば、俺しか見えてないはずだ。

 俺の形の影が、初琉を誰からも見えなくさせている。今の状態は俺の独占欲を満たすのに充分な効果を上げて、この不埒な行いが今日一度きりのものになる可能性はゼロになった。

「もう、いい加減にして。早よ、どいて。離れてよっ」

「なんだよ。いつも冷たいな」

 が、すっぽりと覆い隠したはずの影の中から、強い光を宿した瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。

 気の強さを証明する口調とは裏腹な、真っ赤に染められた頬に満足していた俺は、その頬をそろりと親指でなぞってから離れることにした。

「だいたい、こんな時間に駅で待ち伏せしてて、ちゃんと研究が出来てるん? 暇なんやね、考古学研究室って」

「ひどいな。ちゃんと発掘現場から直行してきたんだぜ? 今日も間に合って良かった」

「良うないわ! それに、わざわざ壁際に連れてく必要なんかないし!」

「あぁ……そこはほら、ご愛嬌?」

 ぱちんっと片目を瞑った俺が、さらうようにわざとゆっくり腰に回した手は、狙い通り邪険に振り払われた。

「そんなご愛嬌、ひとっ欠片もいらんわ!」

 頬を赤く染めながらも懸命に憎まれ口を利いてくる初琉は、なんて愛らしいんだろう。

「あーあ、せっかく待ってたのに……つれないなぁ。このお嬢は」

「誰も待っててほしいなんて……頼んでへん、もん」

 込み上げてくる愛しさに、この場で抱きしめたい衝動をぐっと我慢して微笑んでみせれば。きつい口調を反省したかのように急に勢いを失って、語尾が小さくなっていく。

 性格の良さが滲み出てる変化に、さらに抱きしめたい衝動が募ったが、これ以上困らせるわけにはいかないから出すのは右手だけだ。

「ま、いいや。帰ろうぜ」

「……うん」

 そっと包み込むように。しかし、しっかりと繋いだ手は、今度は振り払われなかった。

「それにしても、今日は寒かったなぁ」

「お昼過ぎには、雪がちらついてたもんね。発掘作業お疲れさま」

「ん……今夜は鍋にしてくれる?」

「いいよ。大根のいただきものがあるから、みぞれ鍋でいい?」

「おー! 俺、あれ好き。シメは雑炊にしてくれる?」

「うん、いいよ」

「その後、添い寝してあっためてくれる?」

「うん、いい……わけないやん! アホかっ」

「あっははは!」

 何だ、気づいたか。言質、取れなくて残念!


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