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重ね積もれる、もみぢ葉の
2−3
しおりを挟む「あぁ、それで髭の復活か。納得だ。ところで光成?」
「はい……えっ? な、何をなさるので……うわあっ!」
——ばしゃんっ!
「おー、見事な受け身だ。さすがは光成」
「ぷはっ……建殿っ? これは何の真似ですか!」
咄嗟に受け身を取ったとはいえ、いきなり出湯の中に突き落とされたのだ。空中で身体が回転するほどの勢いで。
しかも予め単姿になっていた相手と違い、こちらは装束ごと湯の中だ。これは、射殺す勢いで睨んでもいいはず。
「うん、悪かった。そう、きつく睨むな。美形だから、凶悪な顔でも、うっかり見惚れてしまう。目の毒だ」
「なっ、何ですか、その返しは。私は普通に怒って……」
「はいはい、後でいくらでも怒られるから、まずこっち」
抗議の声が途切れた。湯でふやけた付け髭がぺろりと剥がれたのと、相手が私の手を引いて歩き出したから。膝丈までの深さの湧泉だが、びっしょりと濡れた指貫を履いたままでは歩きにくい。自然と、強く手を握り返していた。
「ほら、ここから見える風景、綺麗だろう?」
「あ、はい。まことに……紅き葉の重なりが絶景です」
ひと言目で抗議をするつもりが、素直に同意していた。
「さっき見つけたんだ。乱暴に湯に引き入れて悪かった。お前に見せたくて……その、ふたりきりで……なぜかはわからないのだが、どうしてもふたりで眺めたかったから」
こんなことを言われてしまえば、重い口も軽くなる。
「お気遣い、嬉しいです。あなたと見られて良かった」
「み、光成」
「建殿? あっ……何をなさるのですっ?」
「あー、なぜかな。今、無性にお前を抱きしめたいんだ。いいか? いいだろう?」
良いわけなかろう!
「よっ、良くないです。あのっ……離れてくだ……やっ、顔が近っ……」
「無理。なぜか止められな……ふぇっ、はっくしょん!」
「何をなさるのです。鼻水がかかってしまったではないですか! 鼻水が垂れていたからお止めしていたのに!」
「す、すまん。たぶん、寒くて抱き合いたかったのかも」
「でしょうね! ほら、湯でお顔を洗って!」
「本当に悪い……あっ! ふぁっ……ぶぇっくしょい! あ、さっきより多く鼻水をかけてしまった。ごめん」
「ふふっ。構いませんよ。とばっちりなら、とっくに慣れておりますからね。報復などしません。決して……ふふっ、ふふふふっ」
「え、怖……鼻水まみれでも綺麗な笑みとか、怖すぎっ」
「なんですって?」
「ひっ……何も言ってましぇん。すみましぇんっ!」
——その夜、ふたり揃って風邪をひいた。
楽しみにしていた紅葉狩りは一瞬で終了。だが、ふたりで眺めた紅葉の重ね葉のごとく、仲良く褥を並べて看病された。
何のために大津までやって来たのか……情けないこと、この上ない。
しかし、これはこれで、折に触れては、ふたりの間で幾度も話題にのぼることになる、口惜しくも甘い、貴重な思い出となったのだ。
【了】
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