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重ね積もれる、もみぢ葉の
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しおりを挟む「なぁ、光成」
「はい、何でしょう」
「内裏の紅葉もまことに美しいのだが、もっとこう、広大な場所で紅葉狩りをしてみたいものだなぁ。そう思わないか?」
「紅葉狩り、ですか?」
「うんうん、紅葉狩り! ほら、見てくれ。これは今朝、参内する前に拾った桜の葉なんだが、歩いている私の頭上からふわりと舞い落ちてきてな。たいそう綺麗な紅葉だから捨て置くことが出来ず、料紙に挟んでいたところなのだ」
紅葉狩りねぇ。珍しく黙々と執務に励んでいると思ったら、違っていたのか。
全く。秋の除目を終えたばかりの我が蔵人所は猫の手も借りたい忙しさだというのに、何を呑気なことを言っているのだろう。
唐突に話しかけてきた同僚の怠慢さに私の目が瞬時に据わり、視線は睨めつけるものとなる。
「建殿。あなた、長く文机にかじりついておられましたが、落葉を紙に挟んでいただけだったのですね。何もせずに。蔵人としての責務を何も果たさずに!」
帝の御用を仰せつかる吏としての繁忙期の意味を、またもや懇々と説く必要があるようだ。私のほうが後輩であるにもかかわらず。
「うっ……す、すまんっ! 源建、ただちに執務に戻りますっ」
「ですが、その桜の葉は確かに美しく色づいていますね。良き物を見せていただきました。目の保養をありがとう存じます」
職務怠慢を叱りつけてやるだけで良かったのだが。嬉々とした様相で向けられた親しみが、片恋に切なく軋む胸をとても温めてくれたから、私が口にするのは注意が六割、同意と感謝が四割。どうしても、この人には甘くなる。
「そ、そうだろう? お前もそう思うだろう? だが、楓や山躑躅、水楢がほろほろと風に弄ばれるさまも捨てがたい。そこで私は思ったのだ。都から離れ、自然の中で紅く染まる木々の美しさをじっくり堪能したいものだ、と」
「はぁ、なるほど。それで紅葉狩りなのですね?」
やっと話が繋がった。つまり、執務を離れて物見遊山に行きたい。その言い訳として桜の落葉を見せたということか。
「はいはい。どうぞ、ご勝手にお行きくださ……」
「だから、光成。お前も一緒に行かないか? うちの別邸が鞍馬にあるのだよ。なかなかに居心地の良いところだぞ」
「えっ? わ、私っ……私、ですかっ?」
恥ずかしいことに、声がひっくり返ってしまった。
けれど、それも仕方がない。建殿が紅葉狩りに行っている間、不在の日々をとても寂しいと思いつつ、勝手に行けばいいと強がっていたところに同行の誘いを受けたのだ。
いや、でも本当に誘われたのか? 寂しさのあまり、自分に都合のよいように聞き間違えた可能性も否めない。
「うん、どうだ? 紅葉を眺めて心を潤した後、川魚をともに食おうではないか」
聞き間違いではなかった! 私をお誘いなのだ! 建殿が! この私を!
「そうですねぇ……鞍馬も良いですが、淡海の辺《ほと》りはどうでしょう。大津に我が家の別邸があるのですが、あちらも魚が美味しいですし、湯にも浸かれますよ」
「おぉ、出湯か。それは良い。行く行く! 楽しみだなっ」
「ふふっ。そうですね。では早速、家人に手配させます」
自分で自分を褒めてやりたい。この素早い話題転換を。
聞き間違いではなく、本当に私をお誘いくださっていたのだと判明した直後に行き先変更を提案できた機転を。
鞍馬山も風光明媚な地ではあるが、如何せん、京の範囲内。日帰りとなるだろう。が、淡海ならば日帰りは無理だ。
ふふっ、さり気なく出湯という現地の魅力をちらつかせ、見事に淡海へと誘導した私、偉いぞ。
一泊、出来れば二泊。建殿との紅葉狩りを存分に楽しもう。そうしよう。
心から好きな人ではあるが、日々、繰り返される建殿の失敗のせいで、常にひどい迷惑を被っているのも事実。
蔵人としての日頃の疲弊を、恋い慕う人とふたりきりで過ごす楽しいひと時で癒したいのだ。
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