花霞に降る、キミの唇。【番外編】

In autumn －side Shingo－

もっと汚して #１

　残暑お見舞い申し上げます。

　九月に入り、朝夕には秋の涼風が感じられるようになってまいりました。
皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。

　僕、武田慎吾は、いたって元気。
変わりなく日々を過ごし……過ご、し……いえ、過ごせてません！

　いたって元気っていうのも、嘘っす。強がりでしたぁぁ！



「うああぁ、土岐ぃ。早く帰ってきてくれよぅ」


　楽しかった夏休みが終わり、学生としての日常に戻ったのも束の間、俺にとっての『日常』が崩れた。

「土岐ぃ……俺、寂しい」

　大好きな恋人が、居なくなった。

「あと、一日かぁ。留学期間が四日とか、長くね？」

　学内交換留学生として、京都の本校に行ってるからだ。

　俺らの通う祥徳学園は、東京郊外に幼稚舎から大学までの学舎を持つ私立校だけど、実は本校は京都にある。

　で、本校との間で毎年行われてる学内交換留学に、数学で常にトップの成績をおさめてる土岐が選ばれて行っちまってるんだ。四日間も！

「明日まで向こうで授業受けてくるから、会えるのは明後日じゃん？　離ればなれ期間、なげーよっ」

　恋人同士になってから、初めてだ。こんなにお互いの顔を見ないのは。

　わかってる。滅多に会えない恋人同士が世間には大勢いて、その人たちに比べたら四日間の別離なんか、ほんの数秒程度の期間に過ぎないってことも。

「俺、恵まれすぎて、贅沢に慣れちまったんだなぁ」

　片想いしてた頃は、もっと会えない時期があった。

　同じ学校で、クラスは違ってても部活は同じ。でも『ただの幼なじみ』は、土岐のプライベートに踏み込むことは出来なかったから。

　けど、両想いになれた。

　それまでは、連絡事項でもなければメッセージを送り合うこともなかったのに。思い立った時に不意に送信しても必ず返信してくれる仲になれた。

　昨夜なんか、『お前の声が聞きたくなった』っつって、土岐のほうから電話かけてきてくれるっていう、奇跡みたいなことが起きた。

　それって、すげぇ幸せなことなのに、俺は欲張りになった。土岐の顔を見て、その声を直じかに聞くことが出来ないって現状がつらい。たった四日間なのに、こんなにも寂しくて苦しい。

　これ、やべぇよな。俺の土岐への依存度、ハンパないよな。

　はっ！　もしかして俺ってば、土岐がいねぇと生きていけない身体になっちまったとか？

　え？　じゃあ土岐は、俺にとっての水分？

　待てよ、酸素かもしんない。いやいや、もはやDNA？

　ああぁぁ、土岐ぃ。遺伝子レベルで好きぃぃ……！

「おい、武田。いきなり跪いて両手を組み合わせたかと思ったら恍惚の表情でヘラヘラ薄ら笑いするの、やめろ。怪しい宗教か？　激しく気持ち悪いぞ」

　高階の声は、俺には聞こえない。無視だ、無視っ。俺は今、土岐に向けて恋の電波を送信ちゅ……。


　——カシャッ

「土岐に変顔の画像送ってやろう。『教室内で悪寒と恐怖を皆に与えてる、某お前の親友』ってタイトルで」

「わーっ、やめて！　無視したこと謝るから！　学校代表で学業に勤しんでる土岐にそんなことすんの、やめて！　高階さまぁ！」

「え？　駄目だったの？　チカ、もう送信しちゃった。ど迫力の顔面アップと、いい感じに病んでる全身バージョンの二枚」

「秋田ぁぁあ、っ！」

　土岐に恋の電波を送るはずが、仕事が早い幼なじみ二人によって変顔を（勝手に）送信されてしまった。

　両想いの贅沢感って、とことん奥深くて闇が深いんだなっ！