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第三章

心境の変化

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「よーし、よしよし。雪白はすごく頑張ってるよー。よしよーし」
「なんだよ、それ。頭、撫でるな。子ども扱いすんな」
「子ども扱いじゃないよ。傷心の親友からのリクエストに応えてるんだよ。愚痴も聞くし、励ましもいるでしょ?」
「あー、うん、それはそう……いや、待て! 俺は共感はしてほしいけど、『よしよし』は望んでねぇぞ」
「そう? でもさ、雪白の話から察するに、今回の彼女、わざと人前で別れを切り出してるじゃん? 同じ会社で、部署も同じなんだから、雪白、しばらくはストレス抱えるんじゃないかと思ったんだよね。ということで、やっぱり、『よしよし』は雪白に必要だと思う」
「それは、まぁ、そうかもだけど。好きでもないのに付き合うことにした俺が一番悪いからな。それに、お前が話を聞いてくれてスッキリしたし。なので、酔い覚ましのコーヒータイムはこれで終了だ」
 愚痴りながら一緒に飲んだシチリアワインは喉越しが最高に良すぎて互いに普段よりも飲み過ぎ状態になってしまい、公園のベンチでしばらく休憩していたのだが、そろそろ会話を切り上げる頃合いと思った雪白は手にしたボトルのコーヒーを飲み干した。

 ほんとは、もうちょっと蒼海と一緒にいたいんだけどな。そんなわけにもいかねぇだろ。
 酔い覚ましが目的だったとはいえ、真冬の公園にいつまでも居座っていたら大事な親友に風邪をひかせてしまう。
 ここ最近は来期のキャンペーン企画のために多忙を極めていて、蒼海との連絡も滞りがちだった。そこに自分の都合で突然呼び出して愚痴を聞いてもらったのだから、もう解放してやらなければ。
 でも、なんとなく、それを切り出すのを引き伸ばしたいような、もっとはっきり言えば、蒼海と別れがたい気分になっている自分がいて、雪白は大いに戸惑っている。

 これは何だろう。こんな感覚、初めてだ。
 蒼海と離れて独りになることを恐れている? 独りは寂しいから? というより、蒼海といると安心できるから、とでも言うべきか……。
 いやいや、何、変なこと考えてんだ!
 もしかして、自分で思ってる以上に今日のことでヘコんでるから蒼海にもっと甘えたいのかもしれない、なんて一瞬でも考えたの、めっちゃおかしいから! こんなの、一時の気の迷いだから!
 よし、ここでスパッと立ち上がって、おかしな思考は全部、公園に捨てて帰る! 

「あー、蒼海? 酔いも醒めたみたいだし、そろそろ駅に行こうぜ……って! 何っ? お前、何してんのっ?」
 雪白の手から、コーヒーの缶ボトルが滑り落ちた。声が裏返る。背すじがぴーんっと伸びた。
「えーとね、何してるのかを声に出して説明するのはちょっと照れるけど、思いきって言っちゃうと、ハグ! してます」
 わかってる。それはわかってんだよ、俺も。聞きたいのは、なんでお前が俺にハグしてるかってことだ!
 背中から伸びてきた手が蒼海のもので、その温もりに包まれている状態だということは雪白もわかっている。尋ねたいのは、突然そうなった理由。

「これがハグだってことはわかってんだよ」
「あ、そっちの質問ね。ざっくり説明すると、このハグは『慰めのハグ』だよ」
「慰め?」
「そうそう。こういう言い方、雪白は嫌かもしれないけど、俺に愚痴らずにはいられなかったくらい、今日はメンタルやられてるんだろ? そんな時はやっぱり人肌による慰めが一番効くと思ってさ」
 慰め……慰めのハグ……この温もりが?

「あれ? 雪白、なんで無言? あっ、そうか! 男からぎゅってされて萎えてるんだよね。いい匂いのする女子の人肌じゃなくて悪いけど、そこは見逃してほしい。無いよりマシ的な感じで」
「無いよりマシ的な人肌、か……お前、ばか? アホだろ」
「ばっ……」
「無いよりマシ? 違うだろ」
「え?」

「俺の正直な感想、聞かせてやるよ。急なスキンシップでめちゃびっくりしたけどさ。お前が『慰めのハグ』だって説明してくれた時、なんて言うか、すげぇしっくりきた。嬉しい、とも思った」
「嬉しい?」
「うん。俺、ついさっきまで、お前ともっと一緒にいたい、離れがたい、なんて柄にも無いこと考えてたんだぜ。お前の言う通り、メンタル弱ってて甘えたかったんだな。だから、こうやって温めてくれたことを、無いよりマシなんて後ろ向きな表現すんな」
「あ、ありがとう。俺、雪白のために何かしたくて……でも急に思いついて変なことしちゃったかもってビクついて、予防線を張ってた。嬉しいって言ってくれて、俺のほうこそ嬉しい」

「伝わったなら、いい。ということで、お前も気持ち晒せよ」
「え?」
「俺は言ったろ? 結構こっぱずかしい内容だったけど、思ったこと全部、正直に話したぞ。今度は蒼海の番だ」
「……言っていいの? 俺の正直な気持ち、聞いたら、雪白は後悔するかも。後悔、しない?」
「しない。約束する」
「じゃあ、言います。思いきって言います。ちゃんと聞いててよ」
「おう」
 真剣な表情になった蒼海がその表情のまま大きく息を吸い、静かに息を吐く。一呼吸置いて、またハグが再開された。

「俺のハグが嫌じゃないなら……このまま、俺に捕まってくれる?」
 ふーん。捕まえたかったってこと? 俺を?
 悪くねぇ、と、胸中だけで雪白は呟く。


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