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第二章
傷心の親友
しおりを挟む「なぁ、この時期にBGMで流れる恋愛ソングってさー、なんでこんなに物悲しいんだろ。そう思わないか?」
「ないない、思わない。この曲も普通に恋心を伝えてるだけのラブバラードじゃん。世間の恋人たちがウキウキで過ごすバレンタインデーを目前に彼女にふられちゃった哀れな男だけの感想じゃない?」
「ひでぇ。傷心の親友によくそんなこと言えるな……あっ、痛たたたたっ。ぐっさりと抉られた胸の傷が、今の心ない言葉でさらに開いたわ。ああぁ、痛ぇよう」
「ごめん、ごめん。いきなり呼び出されて晩ごはんを奢らされたことへのちょっとした意趣返し? あっ、これ冗談だよ。久々のシチリア料理、めちゃ美味しいね」
胸を押さえて大袈裟に痛がる雪白の肩をポンポンと軽く叩き、困り顔で笑って謝るという器用なことをしているのは、雪白の親友。小日向蒼海。
「稽古で忙しい時に誘って悪かったよ。来週から地方公演ってこともわかってたんだけどさ。それでも、今日どうしてもお前に会いたかったんだ。こんな時に気持ちをぶちまけられるの、俺には蒼海しかいないから」
雪白くーん? そういう殺し文句を嘘でもいいから過去の彼女たちに言えてたら、毎回ふられることは無かったと思うよ。
親友のためのアドバイスを、自分の胸中だけで蒼海は言葉にする。
小日向蒼海は、浄瑠璃の家元の三男。雪白が口にした通り、来週から地方公演を控えた多忙な身だけれど、振り回してくれた自分勝手な親友に怒ってなどいないし、美味しいごはんで親友の傷心を慰められるなら、いくらでもご馳走する。
はっきり言って、今も、これまでも、雪白が相手の都合を一切考えずに我儘を言い、甘えてくるのは蒼海だけという自負もある。
忙しいってわかってても会いたかった、とか。俺には蒼海しかいない、とか。そんなことを素で言える雪白、マジでかっこよくない? すごくかっこいいよ! 俺の親友、最高オブ最高っ!
……それで、めっちゃ罪なヤツだよ。人の気も知らないで……あ、いや、俺の気持ちを知らないのは別にいいけど、最上級のイケメン顔で男相手に殺し文句をバンバン垂れ流すんだから。
雪白へのアドバイスを声に出さず、自分の心の中だけにとどめたのは、長年の雪白への恋情が蒼海の心を常に揺らしているからだ。
中学からの親友という立場を失いたくないから、片想いをずっと続けてきた。これからも蒼海はこの恋心を密かに育てていくのだろう。その覚悟はできている。
けれど、その雄々しい覚悟とは別に、彼女と破局する度に蒼海を呼び出して愚痴る雪白に本気で相談に乗ってあげられない自分の姑息さに泣きたい思いも蒼海は抱えている。
雪白には誰よりも幸せになってもらいたいし、雪白の良さをわかってくれる女子が早く現れてくれたらいいと思う。心から思っている。でも……。
それ、俺でもいいじゃん。
自分がその相手に、出来るならなりたい。なれるものなら、なりたい。そんな本音も、もう喉元まで出かかっている。危ない。これはとても危険な兆候だ。
じくじくと疼く片恋の切なさは、雪白の破局の回数が増えるごとに、蒼海の自制の枷を壊し続けている。
俺、そのうちポロッと告っちゃいそう……。
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