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epilogue
携えるは、ただひとつの愛 【12】
しおりを挟む――リーン、リーン
夜明け前。神殿長が鳴らす鈴の音が、厳かに響く。
――リーン、リーン
青銅の巨大な鈴を振る、神殿長ザライア。大地の女神様がその本体を封じられている黒衣の老人の手による鈴の音が辺りに響き渡り、神官たちの詠唱がさらに大きく高らかに伸び、清浄な空間を埋め尽くしていく。
濃藍の天は、徐々にその色を薄めていくことだろう。
夜の濃藍から、夜明けの白へ。そして、眩き朝陽の輝きへと。
ここは、『光の祭殿』。
私の傍らには、ルリーシェがいる。
私と揃いの、白絹に金の縁取りがなされた巫女の祭服を身につけた姿で。
月の雫のような白銀の髪を持つルリーシェに、それはどれほど似合っていることだろう。
口にしても詮無いことではあるが、ひと目、見てみたいものだ。
「あの……あの、シュギル様? その祭服、とても良くお似合いです。シュギル様の、濡れたように輝く黒髪に白絹と金糸が、美しく映えていて……まるで光の神様のようで、私、なんだか胸が苦しいです」
「ルリーシェ……」
そっと身を寄せてくるから、何を告げてくれるのかと思えば。色んな意味で眩暈を起こしそうな、強烈に破壊力のある言葉で私を揺さぶってきた。
本当に、このひとは……。
光を失った私に、『光の神様』のよう、などと。
大真面目に口にしているのだとわかるだけに、面映ゆさと愛おしさがないまぜになり、照れればよいのか、礼を言えばよいのか、わからない。
「……手を」
「はい」
数瞬、思案した結果、素直になることにした。愛おしさを隠さずに微笑み、手を差し出す。
そこに躊躇いなく重ねられた優しい手と、指を結び合わせる。固く、固く。
ルリーシェが、私を見ている。
私も、ルリーシェを見ている。
「ともに行こう」
「はい、シュギル様」
――リーン、リーン
厳かな鈴の音に重なる、清冽な詠唱の響き。
荘厳な空気の中、一歩を踏み出した。
高くそびえる巨大な尖塔を持つ、『光の祭殿』。その斎場に続く長い階段を一段、一段、のぼってゆく。
『光』を失い、闇に閉ざされた。けれど私の手を引き、『光』の場へと導いてくれる人がいる。
それは私の言葉を信じ、ついてくると言ってくれた、ただひとりの愛するひと。
ルリーシェ。
私たちがともに向かう先には、まだ困難が待ち受けているかもしれない。
けれど、確信がある。
ずっと、ずっと先の未来――。
私の魂が神のもとへと召されるその日がやってきたとしても、今と同じ“想い”を私は紡ぐことができる。
その日まで君を愛し、愛され。ともに笑って、日々を過ごしてゆくのだ。
辿りついた天空の斎場に吹く風は、真冬の厳しさを孕みつつも、刺すような冷たさはなかった。
はたはたと、ふたりの髪と祭服をなびかせてゆくのみ。
遠く望むティグリスの雄大な流れは、空の色を映して蒼銀色に煌めいていると、ルリーシェが教えてくれた。
ここは、巫覡ふたりきりの静謐な空間。
新年の陽が昇り、あまねく全てのものに光を与えてくれる黎明の光を、ふたり揃って仰いだ。
そして、私たちふたりを包み込んでくれている、この刻、この世界に心からの感謝を込め、祈りの誓詞を捧げる。
これから、この人とこうして時を紡いでゆくのだ。
「――ルリーシェ」
「はい」
「今、ここで君に誓う。互いの未来と運命。全てを縒り合わせ、ともに生きていこう。君を愛している。永遠に」
「……っ、はい。私も、です。愛しています、シュギル様。永遠に」
――黎明の、暁の天のもと。命を懸けて得た唯一のひとに、ただひとつの愛を誓った。
-Fin-
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