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見えぬものと、見えるもの 【10】
しおりを挟む理由は、わからない。
「返事をなさい。カルス」
けれど、カサカサと草地を踏みしめ、近づいてくる足音は性急で。カルスに向けられる声色も厳しく、鋭い響きを帯びている。
漂ってくるのは、苛立ちと怒りの気配としか思えない。
「カルス。そこに落ちている短剣は、どういうことです?」
あぁ、やはり。
ロキがカルスを制した時に、きっと地面に落としたのだろうカルスの短剣が、ミネア様の視界に入っているのだ。
単調な響きの鋭い声色が、カルスを問い詰めている。愚かな行為をしたのではないかと。
このままではいけない。
カルスの愚行は、既に私が叱責している。これ以上、責めてやるのは酷だろう。
「ミネア様。その短剣は……」
「カルス! どうしてお前は、いつも私の言うことが聞けないのですかっ! 剣を向ける相手を間違えるなんて、本当に情けないっ!」
「……っ、ミネア様?」
初めて耳にする、神経を刺激するような金切り声。
耳を、疑った。
狂気を帯びたこの叫びは、本当にミネア様が発しているのか?
それに、カルスが剣を向ける相手を“間違えた”と聞こえた。
まさか、それは……いや、しかし……。
「――シュギル様。そこから動かないでください」
しかし、打ち消しに働く思考はそこで途切れる。
目前に素早く寄り、私を背にして立ったのだろうロキの緊迫した気配と低められた声で、認めざるを得ない。
「教えてあげたでしょう? お前を裏切った男の名を。なぜ、まだ殺していないの? そのために短剣を授けてあげたのに」
この、どろりと重い空気を纏った声。
「ほら、私の懐剣を貸してあげるわ。できるでしょう? これで、次代の王位はお前のものですよ。うふふふっ」
ぬるい笑い声で場を闇色に塗りつぶしていく女性が、ミネア様なのだと。
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