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見えぬものと、見えるもの 【4】

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「ルリーシェ、泣いているのか?」

 ロキが私に告げていった“あれ”は、このためだったのだろうか。

「い、いえ! 泣いて、ません。私、泣いては、いませんっ」

 緩く包み込んだ腕の中で、ルリーシェの髪が揺れる。「泣いていない」と主張するため、ふるふると首を振っているのだろう。

「そう? 本当に、泣いていないか?」

 髪に、頭に触れ、そこから手を滑らせて頬に触れてみた。

 馴れ馴れしい、不躾なやり方だったかもしれない。けれど、こうしないとわからない。慰めることすら、できない。

 腕の中のひとは、私の黒瞳に映るものがもう何も無いのかと嘆き、薄い肩を震わせていたのだから。

「泣いて、ませんよ? 私」

「確かに頬は濡れていないが、睫毛が濡れているぞ。
目を潤ませていたのだろう?」

「涙は、流してませんもの」

 頑なに、泣いていないと主張する、我慢強い人なのだから。

「神殿長様が、おっしゃっておられました。王子様が神様のお薬を飲まれたのは、私の命を救うためだったと。その結果、光を失われたのだと。ですから、私は王子様の前で泣いてはいけないんです。絶対に」

 やはりか。

 ルリーシェの我慢は、私への気遣いからきているのではないか。その頑なさで、推量できていたから。

 君のためなら何を失っても構わないと思っていた私だったが、その私の姿を見て君が泣くのは耐えられない。

 それをわかってくれていたのだと、君のその頑なさで、知ることができていたから――。

「だから、微笑んでくれているのか? 今、私を見上げて笑みを浮かべてくれているだろう?」

「えっ? どうして、わかるのですかっ?」

「そんな気がした。なんとなく、だ。目は見えなくとも、適当な当てずっぽうで君を驚かせることくらい、私にもできるぞ」

「まぁ!」

 足元から草の匂いを巻き上げる風の中で、ふたりして笑った。声をあげて。

「ルリーシェ。こちらへ――」

 そうして、ひとしきり笑い合った後。ずっと立ちっぱなしだったことにようやく気づき、草地の上に腰掛けることにした。

 つまらない見栄を張ると思われてもいい。私が先に立って歩いた。

 少しの距離でいいから、ルリーシェをいざないたかったのだ。

 ロキが草地に敷いた敷布は、もう風に飛ばされてしまっていることだろう。

 だから、肌に当たる陽射しの向きから計算し、先ほど頭に入れた、農地と山々がよく見える位置を目指した。

「王子様?」

 が、窪みに足を取られぬよう慎重に歩くさまは、やはり心配をかけてしまうものなのだろうか。

 ルリーシェの指が私の手に触れ、それは、そのままそっと繋ぎ合わされる。

 そうして、無言のまま、そこにきゅっと力が込められた。

 あぁ、そうか。

 重なる手から伝わる温もり。それが、私に教えてくれた。

「そうか。ともに、行くか?」

「はい」

 ルリーシェの声と気配で、私に向けて微笑んでくれていることに、また気づけた。

 そうだな。ともに、行こう。

 支え合い、助け合い、互いへのいたわりを持って、ともに未来への道を進もう。


『私と、ともに歩いてほしい』


 あの日、私が告げた言葉に、ルリーシェが行動で答えをくれているのだから。

 この人は、瞳に涙を滲ませていてさえ、私に微笑みをくれるひとだ。

 ならば私はそれに甘え、時折、見栄を張らせてもらうこととしよう。

 うん、それが良い。


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