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愛情と思慕の狭間で 【11】
しおりを挟む「王太子殿下。こちらへどうぞ」
「あぁ。しかし、このようなところに出入り口があったのか。知らなかった」
物思いに沈んでいる間にも、神殿の敷地内をレイドに誘導され、その奥深くに入っていた。
そして、案内された木扉から中に入ると、そこは細かく区割りされた内部を持つ薄暗い空間だった。
「ここは、神官専用の通用口です。この奥が神官の住まいでございますので」
「神官たちの住居か。大洪水の日に私とお前が会った、あの建物か?」
「いえ、違います。あそこは神殿の賓客をお迎えする『表の祭殿』です。そのために薬師が常駐しているのです」
多頭竜に命を救われた、あの洪水の日。意識を失ったルリーシェが休んでいた部屋を訪れると、そこには既にレイドがいた。その時の建物なのかと思ったのだが、違ったようだ。
「こちらには、衛士もおりません。完全に私的空間ですので」
なるほど。そういえば、『表の祭殿』には神殿長室もあった。創造神たる大地の女神様が実際にあそこで寝起きをするわけはないだろうが、神殿長と下位の神官が同じ住居ということは有り得ないか。
「王太子殿下には、明朝までこちらの空き部屋をお使いいただきます」
「何?」
「王妃様より、くれぐれもと申しつかってございます。明朝まで、王太子殿下を神殿にてお匿いするようにと。ご不便なことがないよう、私が責任を持ってお世話申し上げます」
そうだった。沿海州の姫君たちを夜伽の相手として扱う父上のやり方にミネア様がお心を痛めてくださったからこそ、こうしてすんなりと神殿まで来られたのだ。
しかし、私はここで夜明かしをするわけにはいかない。大地の女神様のもとへと出向かなければ。
だが、私と女神様との今宵の約束を知らないレイドに、それをどう説明するべきか……。
いや、ここにきて説明の内容に悩んでいる場合ではないな。その時間すら、惜しい。
ザライアに話したいことがある、とでも言えば済むことだ。
「レイド。済まぬが、私はザライアと話をせねばならないことがあるのだ。取り次ぎを頼めるだろうか」
「神殿長様にですか? しかし、この時刻にお取り次ぎすることは、我らには許されておらぬのですが。明朝ではいけませんか?」
取り次ぎできない?
「いや、それは困る。危急の用件なのだ。私の名を出しても駄目だろうか」
私の頼みに、無表情だったレイドの瞳が、少々見開かれた。威圧を込めた言い方をしてしまったせいだろう。
だが、大地の女神様とのお約束は、日付が変わる頃という指定なのだ。もう、あまり猶予はない。
このような言い方で迫るのは好まぬが、王太子としての権限を使ってでも女神様のもとへ参じなければ。
「危急の……それでは仕方ございませんね。承知いたしました。では、少々お待ちください。身なりを整えてまいります。この形では、神殿長様のもとへ出向けませんので」
「わかった。よろしく頼む」
私に自分の黒衣を貸してくれたために王宮の衛士の身なりをしているレイドが、着替えをしてくる間くらいなら待てる。
そもそも、私を王宮から連れ出すために変装してくれたのだから。
「では、私が戻るまで誰にも見つからぬよう、先に空き部屋にご案内いたします。そちらにて、しばしお待ちくださいませ」
「あぁ、わかっ……」
「――シュギル様。私なら、ここにおりますよ」
「……っ、めっ……ザライアっ?」
危ない。
暗がりから、突然、声をかけてきた存在に心の底から驚き、つい『女神様』と呼びそうになってしまった。
かろうじて、自分を押しとどめ、神殿長としての名を呼ぶことができたのは幸いだったと思うが。
それにしても、なぜここに女神様がお出ましになられておられるのだ?
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