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覚悟の重さ 【13】
しおりを挟むだが、ここで私がそれを蒸し返すことは、意味がないことなのだろう。
ルリーシェ自身が、私にそのことを正直に話している理由が、つらいからではないと言い切っているのだから。
「私は、私にできる“償い”をしたい。ただそれだけなのです。そして私は、そのためにノルンを利用しました」
蒼天色の瞳が真っ直ぐに向けられ、彼女の言葉が静かに届いてくる。
「あの子がいつも首にかけている母の形見が暴風に飛ばされ、泣き出してしまった姿を見た時、それを取り戻すことが“償いのひとつ”になると思ったのです。ノルンのためではなく、私自身の“罪を減らす”ため、でした」
「ルリーシェ……」
「生命の危険を感じていなかったわけではありません。怖かった。けれど、それ以上に、誰かの役に立つことで自分が楽になりたかったのです」
声が、かけられない。
かける言葉がないわけではない。ただ、あまりにも、ルリーシェの瞳が美しかったから。『自分が楽になりたかった』と言い、仄かに微笑んでみせた時の表情が、あまりにも痛みをともなっていたから。
だから、言葉がかけられない。
「でも、不思議なものですね。人の縁というものは。首飾りを取り戻した途端に、ノルンはまるで姉のように私を慕い、大切に扱ってくれるようになりました。思ってもみないことでしたが」
そうだな。ノルンは、もう二度とルリーシェに不当な扱いをすることはないだろう。
「ですから、自分にできる償いをすることに、私は意味を見いだして良いのだと思いました」
ん? 何だ?
急に晴れやかな笑みを見せたルリーシェに、嬉しい反面、どこかひりつくような嫌な予感を覚え、思わず身構えてしまった。
「先程、神官様が教えてくださいました。私に、最大の償いをする機会があることを」
神官? レイドが何を……。
「近々、神使を呼び出すための儀式があるのでしょう? その生贄として、再び私の名があげられているのだとか」
「……何、だと?」
レイド。あの者、いったいどういうつもりだ?
私が覡となって神殿へと入る可能性について、あの者はそれを知っているはずではないか。そもそも、儀式を行う代わりに巫覡となる者には王家の血が流れていることが前提なのだと私に話して聞かせたのは、他でもないレイド本人だ。
それであればこそ、ルリーシェに儀式のことを伝えたりする必要などないはずなのだが……。
「私、この先、自分がこの神殿での未来をどう生きていけば良いのかをずっと考えてきましたけど、もう一度、生贄として望んでもらえるのなら。私が神のもとへと旅立つことが、最大の償いとなるのなら喜んで……」
「ルリーシェ!」
「……っ」
「あ、済まない。急に大声を出して。しかし、少し待ってくれ。その結論を出すのは、少し待ってほしい」
私が突然さえぎったことで肩を跳ねさせるほどに驚かせてしまったルリーシェだったが、必死でなだめる私の顔を見て、黙って頷いてくれた。
そして、いったん落ち着いてもらおうと私が注いだハーブ水を素直に飲んでくれる。その様子を見てほっと息をついたが、この後の会話をどうしたものかと思い悩んでしまう。
なぜなら、これは私が思っていた展開ではない。私がルリーシェと話さねばならないと考えていたのは、その儀式に向かわせないための選択肢についてなのだ。
「ルリーシェ。君に生贄の儀式について話して聞かせた神官は、生贄になることを君に勧めたのか?」
だから、本来ならこのような会話は不要なはずだが、ここから始めなければ。
「いいえ。先般、神託を得るためのお籠もりから戻られた神殿長様からの通達をお知らせに来てくださったのです。近々、神使を呼び出すための儀式があり、その日取りが決まったこと。その日までに新たな生贄が見つからなかった場合、私の名が挙げられる可能性があるということも」
「何っ? 日取りが決まったのか! 儀式はいつだ?」
「次の満月の夜とおっしゃられていました」
「次の満月? もう、それほど日数が残っていないではないか」
なんということだ。
ルリーシェの応えに、目の前に真暗き闇がおりてきたような錯覚を覚えた。
こんなに短期間では、新たな生贄が見つかる可能性はほとんどないだろう。となれば、必然的にルリーシェの名が生贄候補として挙げられてしまう。
しかし、ならばザライアはなぜ、先程それを私に告げなかった? 神託がおり、儀式の日取りが決まっていることを。
解せない。
だが、どのみち、同じか。もう猶予などないことは、確かなのだから。
こうなれば、なんとしてもルリーシェの承諾を得なければ!
「――ルリーシェ」
強い意志を込めて、その名を声に乗せた。
「よく聞いてほしい。私が、こうして君のもとにやって来たのは、この話をするためなのだ」
ルリーシェが私を見つめ返す瞳が、さらに真剣なものになった。私の口調で何かを察したのかもしれない。それに力を得て、同じように視線を絡め、口を開く。
「君が 、再び生贄となる必要などない」
ノルンという同性の友だちができたのなら、尚更、再びあの祭壇へ君をやるわけにはいかない。
「君が生贄とならずとも、創造神の加護を得る方法は他にもある。君と私、ふたりで神に仕える身になればよい」
「……え?」
戸惑い、私の言葉の意味を図りかねている表情。その気持ちは充分にわかっているが、蒼天色の瞳を真っ直ぐ見つめ、さらに言葉を紡いでいく。
「ともに――――私と、ともに歩いてほしい。生贄となる道ではなく、この神殿で生きる未来を」
「……王子、様?」
心もとなげな、小さな声。瞳を揺らめかせて私を呼んだルリーシェの手を取り、両手でしっかりと包み込んでから、もうひと言。私の中では、もう既に決定事項となっていることを宣言した。
「私は、王太子の地位を捨てる」
王位など、君のためになら、いくらでも投げ出そう。秘薬を飲み、君とともにある未来を、私は生きていく。
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