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覚悟の重さ 【11】
しおりを挟む「ほらっ、寝てろって!」
「ノルン。あ、あのね? その……」
「ノルン」
「あ? 馴れ馴れしく人の名前呼ぶなよ」
ルリーシェの肩を掴み、強引に寝台に押し込めようとしている少年のすぐ傍に立ち、その名を呼んだ。
「済まない。だが、私はそなたの他の呼び名を知らぬ故、こう呼ぶしかないのだ」
予想通り、剣呑な眼差しがこちらを向いたが、同時にこの者からルリーシェを解放することができたから、これで良い。
「先程、私が誰かを問うていたろう? 私は、こちらの女性の客だ」
「客? 生贄の子の?」
「そうだ。彼女に会うために、ここに来たのだ。このことは、神殿長のザライアも承知している。その証拠に、神殿の客が着用する白い衣を着ているだろう?」
「神殿長様が知ってること? それに、その白い服って、お客さんの服なのか。知らなかった……」
私の説明を聞き、ノルンのきつい物言いが、だんだんと萎んできた。
濡れて汚れてしまった衣服の代わりに、いま私が着用している神官と同じ型の白衣は、実は王族が神殿での祭祀に臨席する際に身につけるものだ。
つまり、王族専用の祭祀服なのだが、そこまで説明する必要はない。黒と灰色以外の白い長衣を身につけている私が不審人物ではないのだということを納得させることができれば、それで良い。
「そういうわけで、私はこれから彼女と話がある。悪いが、そなたは席を外してもらえないだろうか」
ついでに、少年に退出を促すことができれば、もっと良い。
「無理」
何?
「ノルンは、出て行かない。生贄の子が元気になるまで、ここに居る。だって! 生贄の子が尖搭から落ちたのは、ノルンのせいなんだから!」
なんだと?
唇をひき結び、私に向かって挑戦的に叫んだ、少年。
この者は、今、ルリーシェが尖搭から落ちたのは自分のせいだ、と口にしていた。彼女が、あのようなことになった原因が、この少年にあるというのか?
「ノルンは、ここに居るよ。生贄の子が元気になるまで、面倒見る。ノルンが悪いんだから」
「そなた、先程の言葉は……」
「ノルン。それは、違う。あれは、私が勝手にやったことで。あなたの責任ではないわ」
発言内容についてノルンに問い質そうとした途中、ルリーシェがそこに割って入ってきた。強い意志をはらんだ言葉で。
「でも、ノルンがあんなこと言わなきゃ……」
「それも違う。ああすることを決めたのも、私よ」
「でも……でもっ」
ルリーシェが割って入ったことで、ノルンの様子が一変した。強気な表情は一転、弱々しく頼りなげに。まるで幼子が母にすがりつくようにルリーシェを心もとなく見つめ、何かを訴えている。
そして、ルリーシェはそんなノルンをいたわり、微笑んで許している。
「本当に気にしないで。それより、もう二度と首から外しては駄目よ。これは、お母さんの形見なのでしょう?」
ん?
「うん。気をつける。あの、取り戻してくれてありがとう。この首飾りが風で飛んでいった時は、本当にどうしようかって思ったから……」
これは、もしや……。
「話し中、済まない。ひとつだけ確認させてもらいたいのだが。ルリーシェが嵐の中、尖塔から降りたのは、ノルンの母の形見が風で飛ばされて、それを取りに行ったからなのか?」
我慢しきれずに、口を挟んでいた。
すると、突然の私の問いかけにルリーシェは驚いた表情を見せたが、ノルンの首飾りの革紐を結び直す手を止め、こくりと頷いた。
「あ……はい、そうです」
やはり、そういうことだったのか。
「あの、王子様?」
私の問いに首肯したルリーシェが身じろぎ、ゆっくりと寝台からおりた。生成りの衣服は膝丈の簡素なもので、彼女は私の前まで素足で歩いてきた。
「ご心配、おかけしたのですよね? 神官様にお聞きしました。王子様がここにいらして、私の無事を気遣ってくださっていたと」
「神官? 神殿長ではなく? もしや、レイドか?」
「お名前は存じ上げないのですが、先程までこちらにおられた神官様です」
それが、レイドだ。そう教えても良かったが、レイドが名乗らず、彼女も名を知らぬというのなら、普段、上位の神官と話す機会などないのであろう。
だから、別の話をすることにした。
「ルリーシェ。いくら仲の良い者が困っていたとしても、嵐の中に……」
「ちょっ! ちょっと待った!」
これで何度目だろう。またもや、ノルンに会話をさえぎられた。
「ちょっ、質問! 質問があるんだ!」
しかし、聞きたいことがあるのなら仕方がない。ルリーシェの背後から手を挙げている少年に、声をかけた。
「何だ? 私にか? それともルリーシェに……」
「黒き闘竜っ?」
「は?」
「生贄の子が、あんたのこと『王子様』って呼んでるけどさ! この国で、長くて黒い髪の王子様って言ったら、ひとりしかいないよ? あんた! もしかして『凍れる炎を纏いし黒き闘竜』なのっ?」
「……」
こんなにも答えにくい質問があるだろうか。
自ら名乗ることなど決してない恥ずかしい二つ名でお前のことかと問われて、『そうだ』と平然と答えられるほど、私は神経が図太くはないのだ。
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