上 下
37 / 87

覚悟の重さ 【11】

しおりを挟む


「ほらっ、寝てろって!」

「ノルン。あ、あのね? その……」

「ノルン」

「あ? 馴れ馴れしく人の名前呼ぶなよ」

 ルリーシェの肩を掴み、強引に寝台に押し込めようとしている少年のすぐ傍に立ち、その名を呼んだ。

「済まない。だが、私はそなたの他の呼び名を知らぬゆえ、こう呼ぶしかないのだ」

 予想通り、剣呑な眼差しがこちらを向いたが、同時にこの者からルリーシェを解放することができたから、これで良い。

「先程、私が誰かを問うていたろう? 私は、こちらの女性の客だ」

「客? 生贄の子の?」

「そうだ。彼女に会うために、ここに来たのだ。このことは、神殿長のザライアも承知している。その証拠に、神殿の客が着用する白い衣を着ているだろう?」

「神殿長様が知ってること? それに、その白い服って、お客さんの服なのか。知らなかった……」

 私の説明を聞き、ノルンのきつい物言いが、だんだんと萎んできた。

 濡れて汚れてしまった衣服の代わりに、いま私が着用している神官と同じ型の白衣は、実は王族が神殿での祭祀に臨席する際に身につけるものだ。

 つまり、王族専用の祭祀服なのだが、そこまで説明する必要はない。黒と灰色以外の白い長衣を身につけている私が不審人物ではないのだということを納得させることができれば、それで良い。

「そういうわけで、私はこれから彼女と話がある。悪いが、そなたは席を外してもらえないだろうか」

 ついでに、少年に退出を促すことができれば、もっと良い。 

「無理」

 何?

「ノルンは、出て行かない。生贄の子が元気になるまで、ここに居る。だって! 生贄の子が尖搭から落ちたのは、ノルンのせいなんだから!」

 なんだと?

 唇をひき結び、私に向かって挑戦的に叫んだ、少年。

 この者は、今、ルリーシェが尖搭から落ちたのは自分のせいだ、と口にしていた。彼女が、あのようなことになった原因が、この少年にあるというのか?

「ノルンは、ここに居るよ。生贄の子が元気になるまで、面倒見る。ノルンが悪いんだから」

「そなた、先程の言葉は……」

「ノルン。それは、違う。あれは、私が勝手にやったことで。あなたの責任ではないわ」

 発言内容についてノルンに問い質そうとした途中、ルリーシェがそこに割って入ってきた。強い意志をはらんだ言葉で。

「でも、ノルンがあんなこと言わなきゃ……」

「それも違う。ああすることを決めたのも、私よ」

「でも……でもっ」

 ルリーシェが割って入ったことで、ノルンの様子が一変した。強気な表情は一転、弱々しく頼りなげに。まるで幼子が母にすがりつくようにルリーシェを心もとなく見つめ、何かを訴えている。

 そして、ルリーシェはそんなノルンをいたわり、微笑んで許している。

「本当に気にしないで。それより、もう二度と首から外しては駄目よ。これは、お母さんの形見なのでしょう?」

 ん?

「うん。気をつける。あの、取り戻してくれてありがとう。この首飾りが風で飛んでいった時は、本当にどうしようかって思ったから……」

 これは、もしや……。

「話し中、済まない。ひとつだけ確認させてもらいたいのだが。ルリーシェが嵐の中、尖塔から降りたのは、ノルンの母の形見が風で飛ばされて、それを取りに行ったからなのか?」

 我慢しきれずに、口を挟んでいた。

 すると、突然の私の問いかけにルリーシェは驚いた表情を見せたが、ノルンの首飾りの革紐を結び直す手を止め、こくりと頷いた。

「あ……はい、そうです」

 やはり、そういうことだったのか。

「あの、王子様?」

 私の問いに首肯しゅこうしたルリーシェが身じろぎ、ゆっくりと寝台からおりた。生成りの衣服は膝丈の簡素なもので、彼女は私の前まで素足で歩いてきた。

「ご心配、おかけしたのですよね? 神官様にお聞きしました。王子様がここにいらして、私の無事を気遣ってくださっていたと」

「神官? 神殿長ではなく? もしや、レイドか?」

「お名前は存じ上げないのですが、先程までこちらにおられた神官様です」

 それが、レイドだ。そう教えても良かったが、レイドが名乗らず、彼女も名を知らぬというのなら、普段、上位の神官と話す機会などないのであろう。

 だから、別の話をすることにした。

「ルリーシェ。いくら仲の良い者が困っていたとしても、嵐の中に……」

「ちょっ! ちょっと待った!」

 これで何度目だろう。またもや、ノルンに会話をさえぎられた。

「ちょっ、質問! 質問があるんだ!」

 しかし、聞きたいことがあるのなら仕方がない。ルリーシェの背後から手を挙げている少年に、声をかけた。

「何だ? 私にか? それともルリーシェに……」

「黒き闘竜っ?」

「は?」

「生贄の子が、あんたのこと『王子様』って呼んでるけどさ! この国で、長くて黒い髪の王子様って言ったら、ひとりしかいないよ? あんた! もしかして『凍れるほむらを纏いし黒き闘竜』なのっ?」

「……」

 こんなにも答えにくい質問があるだろうか。

 自ら名乗ることなど決してない恥ずかしいふたでお前のことかと問われて、『そうだ』と平然と答えられるほど、私は神経が図太くはないのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...