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多頭竜顕現 【4】
しおりを挟む護りたかった少女を脅かすものは、既にこの地には居ない。
居るとすれば――。
この時になって、初めてその姿を視界に入れた。
自らが先程まで座していた王族専用に設えられた席。その中心に立ち、剣を手に私を見ている我が国の王を。
父上。あなたは、この顛末の責任を私にどう取らせますか?
ほんの数瞬、父と視線を交わした。しかし、すぐにその姿に背を向ける。
抗い難い欲求に打ち勝てなくて。
多頭竜との戦いを決するために駆け上がった祭壇の階段。そこに再び足をかけ、今度はゆっくりと上っていく。
一段、一段、背すじを伸ばして上りきったそこには、白の少女がこちらを向いて立っていた。
初めて目線が絡む。
蒼天色の瞳が見開かれ、その色が私だけを映していると感じられた。
「ほぅ……」
思わず、感嘆の溜め息が漏れ出る。
美しい。
陳腐だが、これ以外に形容する言葉が浮かばないのだ。
そして、堪えようもなく湧き上がるのは、思慕の情。
言葉を交わしたこともなく、これほどに傍近くまで寄ったことすら初めてであるのに、身の内を焼き尽くすような激情が心身の全てを覆い尽くしていくのが実感できた。
神の使いに手をかけてまで護ったのは、紛れもなく、この少女への恋慕の情ゆえなのだと。
あぁ、愛おしい……。
「……ぁ……」
抑えようのない胸の疼きに苛まれつつ、じっと見つめていると、薄桃色の唇が小さく何かを呟いた。
稚いその姿は、胸の前で指を組み合わせたまま、先程から微動だにしない。
あぁ、怖いのだろう。私が。
それは、そうだ。血塗られた剣は鞘に収めたが、今の自分は、竜の返り血を浴びた汚れた姿。聖なるこの少女からしてみれば、恐怖の対象でしかないはず。
だから、これ以上は前に進めない。
怖がらせて済まない。その美しい瞳に汚れた姿を晒さないよう、すぐに立ち去るから。
だから、たったひとつだけ、私の望みを叶えてほしい。
頼りなく立ち尽くす小さな姿に向かって、祈るように口を開いた。
「名を――――あなたの名を、教えてくれ」
あなたの名が、知りたいのだ。
少しの間、少女が押し黙った。
しかし、逡巡するように瞳を揺らめかせたのち、桜貝のような唇が開く。
「……ルリーシェ」
「ルリーシェ……美しい名だ。教えてくれてありがとう」
心を許した者以外には向けたことがない笑み。それが、自然と口元に浮かんでいた。
あぁ、満足だ。もう良い。
すぐに踵を返し、階段を下り始めた。耳に残る印象的な声色を鼓膜に纏わせたまま。
初めて聞いたルリーシェの声は、小鳥のように軽やかで可憐な声音だった。
そして、間近で見た蒼き瞳の、なんと澄みきっていたことか。
祭壇から離れ、一瞬目を閉じた。記憶にとどめた愛おしい姿を想うため。
「さて、行くか」
ひとつ息をつき、軍兵たちが何重にも取り囲んでいるその真っ只中へと、足早に進んでいく。宝剣を抜く意志はないと示しながら。
目指すは、貴賓席。国王の御前。
歩を進める自分の前で、軍兵たちが道を開けていく。
次々と兵たちが動き、まるで波がふたつに割れたかのように、私が進むための道が出来上がっていく。
開かれたその道の向こうに、貴賓席が見えてきた。
皆、立ち上がっている。父上。ミネア様。そして、カルス。
先程、ルリーシェに向けたものとは別の笑みが、自分の口元に浮かんだのを自覚した。
ルリーシェ。
これから先、あなたを想う度、呼びかけるための名を私に教えてくれてありがとう。
それがどれほど短い期間だとしても、私はその度に心を込めて呼びかけるだろう。
私欲のために創造神の使いに手をかけてしまった私は、きっと罪人として裁かれる。
もう二度と、私があなたと相見えることはないのだ。
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