3 / 87
1
生贄の少女 【2】
しおりを挟む「あっ、兄上の髪にも花びらがついてますよ。ほらっ」
ふと何かに気づいたような顔をしたカルスが手を伸ばし、私の髪から花びらを取って見せてきた。
「あぁ、本当だ。お前の髪についた物と同じようだな。ずいぶん長くここに居たから、その間についたのだろう」
「あ、こちら側にも一枚ついてる。兄上の髪は美しい漆黒だから、白い花びらが良く似合いますね」
「何をおかしなことを。女性でもあるまいに」
「本当のことですよ。僕もこんな茶色い髪なんかじゃなく、兄上みたいな綺麗な黒髪に生まれたかったなぁ」
「またその話か。私の髪など、お前が言うほど綺麗なものでもないと思うのだが」
むしろ、カルスの髪のほうが柔らかく、手触りも良い。
「何をおっしゃってるんですか。背中まで真っ直ぐに伸びた、流れるような黒髪に、闇色の黒瞳。白き竜にちなんだ『ギル』をその名に持っているところまで建国の英雄王と同じ兄上は、僕の憧れそのものなんですよ」
「ギルトゥカス英雄王か。それなら、私も憧れているぞ。私などは、たまたま同じ黒髪に生まれついただけだが。王家の者として、かの英雄王のように国の繁栄のために力を尽くしていきたいと思っている」
「うわぁ、兄上は謙遜されすぎです。十四歳での初陣から、戦に出れば負けなし。その剣撃は凄まじく、弓を持たせれば歴戦の将軍たちと並ぶ強弓ぶりで、白き竜になぞらえて『黒き闘竜』と二つ名がついている御方が、何をおっしゃっておられるのですか」
「いつの間にか、そんな大層な呼び名がつけられているようだな。私が自ら名乗ったわけではないのだが」
「遠き異国の国々にも轟いているとか。兄上は本当にすごい御方です」
両の手を握りしめ、力説するカルスに苦笑を返せば、さらに熱く見つめられてしまう。しかし、この子から向けられる、この敬慕の眼差しには応えたいものだ。
「あー、僕も早く戦場に出たいです。なぜ、僕には父上から出陣のお許しが出ないのでしょうか。兄上は十四歳で初陣なされたというのに」
「お前は第二王子であるし、十八歳になるその時を待っておられるのやもしれないな」
確かに私は十四で戦場に出たが、あの時はその前の敗戦で将軍たちに死傷者が出ていて人材不足だったのだから、仕方がなかったのだ。
背後の大木にもたれ、嘆息をつくカルスをなだめるようにその頭を撫でてやる。
「次の戦では、私の隣に並んで初陣を飾っているかもしれないぞ。それまでに研鑽を積んでおくことだ」
笑いかければ、その背がぴんっと伸びた。
「はい! 剣も弓も、頑張って稽古しますっ。――あ、ところで兄上。凱旋軍が新しい生贄を連れ帰ってくるのだと聞きましたが」
「あぁ、私も今朝、報告を受けた」
「兄上は、その者を御覧になられていないのですか?」
「私が軍を離れた後に、捕虜の中から見つけたらしい。だから、その者の姿は目にしていないな」
「そうなのですか。そういえば、兄上はいつも勝利をおさめた後、軍よりひと足早く王都に戻ってこられますが、なぜですか? 軍の勝利は兄上の戦功ですのに」
「カルス。勝利というものは、私ひとりの力で得られるものではないぞ。兵士ひとりひとりの力と、その兵士たちを普段から鍛えあげてくれている将軍たちのおかげだ。だから、凱旋軍を率いて帰ってくるのは将軍たちの仕事で良いのだよ」
「そういうものなんですか?」
納得しきれていないのか、怪訝そうに首を傾げるカルスに「私は、それで良いと思っている」とつけ加えた。
まぁ、本心の半分は、凱旋軍の中心で英雄然と仰々しく行進するのが、どうにも嫌なだけなのだが。これは、わざわざ口にすることではないからな。
しかし、戦場に出たことがないカルスにはわからなくて当然だろう。
「お前も軍を率いてみればわかるよ」
頼る者が居なかった私とは違う。その時には、私がこの子を傍で見守り、教え導けば良いのだ。
「そのためには、剣も弓も精進せねばな。期待しているぞ」
「はいっ! 僕、頑張りま……」
「あ、あと、数学もな」
「……っ。そ、それも頑張りますぅ」
ついでにつけ加えたひと言に、カルスの表情が、途端に情けないものに変わった。
「兄上、たまに意地悪です」
「あははっ、悪い。しかし、どれも私とともに励めば良い」
「はいっ! やっぱり兄上はお優しいなぁ。――あ、そういえば生贄の話が途中でした。兄上。僕の聞いた話では、その者は、まるで生贄になるために生まれてきたかのような容姿をしているとか」
「あぁ、そのようだな。ブランダル将軍からの報告にも『神の供物にふさわしい者を見つけた』とあった」
「どのような者なのでしょうか。僕、生贄の儀式ではいつも多頭竜ばかり見ているのですけど、その者にはすごく興味が湧いてます」
「確かに、興味深くはある。だが、肝心なのは、その者を多頭竜が気に入ってくれるか、だからな」
多頭竜――――白銀の鱗に覆われた、九つ首の竜神。そして、創造神の神使。あの気高い存在に供物と認められる者であるかが、最も気にかかる点だ。
が、カルス同様、内心では私もかなり興味を引かれてはいた。厳格で堅物なブランダル将軍が興奮気味に送ってきた書状なのだ。反応しないわけがない。
『神の供物にふさわしい』とは、どのような者なのだろう――?
5
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる