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生贄の少女 【2】

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「あっ、兄上の髪にも花びらがついてますよ。ほらっ」

 ふと何かに気づいたような顔をしたカルスが手を伸ばし、私の髪から花びらを取って見せてきた。

「あぁ、本当だ。お前の髪についた物と同じようだな。ずいぶん長くここに居たから、その間についたのだろう」

「あ、こちら側にも一枚ついてる。兄上の髪は美しい漆黒だから、白い花びらが良く似合いますね」

「何をおかしなことを。女性でもあるまいに」

「本当のことですよ。僕もこんな茶色い髪なんかじゃなく、兄上みたいな綺麗な黒髪に生まれたかったなぁ」

「またその話か。私の髪など、お前が言うほど綺麗なものでもないと思うのだが」

 むしろ、カルスの髪のほうが柔らかく、手触りも良い。

「何をおっしゃってるんですか。背中まで真っ直ぐに伸びた、流れるような黒髪に、闇色の黒瞳。白き竜にちなんだ『ギル』をその名に持っているところまで建国の英雄王と同じ兄上は、僕の憧れそのものなんですよ」

「ギルトゥカス英雄王か。それなら、私も憧れているぞ。私などは、たまたま同じ黒髪に生まれついただけだが。王家の者として、かの英雄王のように国の繁栄のために力を尽くしていきたいと思っている」

「うわぁ、兄上は謙遜されすぎです。十四歳での初陣から、戦に出れば負けなし。その剣撃は凄まじく、弓を持たせれば歴戦の将軍たちと並ぶ強弓ごうきゅうぶりで、白き竜になぞらえて『黒き闘竜』とふたがついている御方が、何をおっしゃっておられるのですか」

「いつの間にか、そんな大層な呼び名がつけられているようだな。私が自ら名乗ったわけではないのだが」

「遠き異国の国々にも轟いているとか。兄上は本当にすごい御方です」

 両の手を握りしめ、力説するカルスに苦笑を返せば、さらに熱く見つめられてしまう。しかし、この子から向けられる、この敬慕の眼差しには応えたいものだ。

「あー、僕も早く戦場に出たいです。なぜ、僕には父上から出陣のお許しが出ないのでしょうか。兄上は十四歳で初陣なされたというのに」

「お前は第二王子であるし、十八歳になるその時を待っておられるのやもしれないな」

 確かに私は十四で戦場に出たが、あの時はその前の敗戦で将軍たちに死傷者が出ていて人材不足だったのだから、仕方がなかったのだ。

 背後の大木にもたれ、嘆息をつくカルスをなだめるようにその頭を撫でてやる。

「次の戦では、私の隣に並んで初陣を飾っているかもしれないぞ。それまでに研鑽を積んでおくことだ」

 笑いかければ、その背がぴんっと伸びた。

「はい! 剣も弓も、頑張って稽古しますっ。――あ、ところで兄上。凱旋軍が新しい生贄を連れ帰ってくるのだと聞きましたが」

「あぁ、私も今朝、報告を受けた」

「兄上は、その者を御覧になられていないのですか?」

「私が軍を離れた後に、捕虜の中から見つけたらしい。だから、その者の姿は目にしていないな」

「そうなのですか。そういえば、兄上はいつも勝利をおさめた後、軍よりひと足早く王都に戻ってこられますが、なぜですか? 軍の勝利は兄上の戦功ですのに」

「カルス。勝利というものは、私ひとりの力で得られるものではないぞ。兵士ひとりひとりの力と、その兵士たちを普段から鍛えあげてくれている将軍たちのおかげだ。だから、凱旋軍を率いて帰ってくるのは将軍たちの仕事で良いのだよ」

「そういうものなんですか?」

 納得しきれていないのか、怪訝そうに首を傾げるカルスに「私は、それで良いと思っている」とつけ加えた。

 まぁ、本心の半分は、凱旋軍の中心で英雄然と仰々しく行進するのが、どうにも嫌なだけなのだが。これは、わざわざ口にすることではないからな。

 しかし、戦場に出たことがないカルスにはわからなくて当然だろう。

「お前も軍を率いてみればわかるよ」

 頼る者が居なかった私とは違う。その時には、私がこの子を傍で見守り、教え導けば良いのだ。

「そのためには、剣も弓も精進せねばな。期待しているぞ」

「はいっ! 僕、頑張りま……」

「あ、あと、数学もな」

「……っ。そ、それも頑張りますぅ」

 ついでにつけ加えたひと言に、カルスの表情が、途端に情けないものに変わった。

「兄上、たまに意地悪です」

「あははっ、悪い。しかし、どれも私とともに励めば良い」

「はいっ! やっぱり兄上はお優しいなぁ。――あ、そういえば生贄の話が途中でした。兄上。僕の聞いた話では、その者は、まるで生贄になるために生まれてきたかのような容姿をしているとか」

「あぁ、そのようだな。ブランダル将軍からの報告にも『神の供物にふさわしい者を見つけた』とあった」

「どのような者なのでしょうか。僕、生贄の儀式ではいつも多頭竜たとうりゅうばかり見ているのですけど、その者にはすごく興味が湧いてます」

「確かに、興味深くはある。だが、肝心なのは、その者を多頭竜が気に入ってくれるか、だからな」

 多頭竜――――白銀の鱗に覆われた、九つ首の竜神。そして、創造神の神使しんし。あの気高い存在に供物と認められる者であるかが、最も気にかかる点だ。

 が、カルス同様、内心では私もかなり興味を引かれてはいた。厳格で堅物なブランダル将軍が興奮気味に送ってきた書状なのだ。反応しないわけがない。

 『神の供物にふさわしい』とは、どのような者なのだろう――?


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