23 / 26
第一話
君と歩く、翡翠の道【6−1】
しおりを挟む「あー、やっぱり降ってきたぁ」
少し前から、おかしいと思ってたんだよねー。
吹く風に何となく湿り気を感じてて、それでその話題を出した途端に、ポツポツと小さな雨粒が身体に落ちてきた。
「本当だね。傘、持ってる?」
「持ってない」
「俺もだよ。まさか今日に限ってって、気分だな」
ううぅ。こんな時、萌々ちゃんならササッと荷物の中から折り畳み傘を取り出しちゃうに違いないわ。
いくら降水確率が10%だったからって、私、気を抜きすぎだった。これからは、女子力向上に力を入れなくちゃ!
「涼香。中から俺のジャージ出して」
私のリュックがこちらに向けられた。結局、私はリュックを背負ってない。奏人が私の手を引いてないほうの肩に掛けて、ずっと持ってくれてるから。
「あ、うん」
そうね。いつまでも私の荷物と一緒に入れてたら、渡し損ねるかもしれない。早めに返しとかなきゃ。
「はい。ジャージ、どうぞ?」
「ん。じゃあ、これをかぶっといて。行くよ?」
「え……ひゃあっ!」
奏人の手に渡したジャージが、ふわっと広がって私の頭に乗って。直後、身体が浮いた。
腰に回った奏人の手によって、横から掬うようにして足早に運ばれていく。
ねぇ、足っ! 私の足、浮いてますけどっ?
「はい、到着」
さっきまで遠目に見えていたバス停。そこに奏人に抱えられたまま運ばれて、あっという間に到着していた。
誰も待つ人のいないベンチは細長い屋根に覆われていて、少しの雨なら雨宿り出来そう。そこに私を座らせた奏人は、私の頭にかぶせたジャージをスルッと肩までずり下げた。
「ん。そんなに濡れてないね。良かった」
髪が濡れてないか確認するように、優しく前後に撫でられてる。
「奏人? は、運んでくれたのは嬉しいけどっ。でもねっ」
髪に触れる優しい手は嬉しいけど、今はそれどころじゃない。だって、『私が濡れなくて良かった』って笑う奏人の髪も顔も濡れてる。身体だって。
「今すぐタオル出すから、早く拭いて」
「うん。けど、涼香の手、冷たいよ? 涼香こそ、ちゃんと拭かないと」
急いで取り出したタオルを奏人は受け取ってくれたけど、そのタオルで、雨に濡れた私の手や服の水分を拭ってくる。
「寒くない?」
「ぜ、全然」
寒くなんて、ない。それどころか、体温は急上昇中よ。濡れた腕を拭いてくれた後、私の手の甲にチュッと唇を押し当てたまま動かない奏人の視線に射抜かれてるから、だ。
「かなっ……奏人も、拭かないとっ」
それでも、かろうじて口だけは動かせた。早く身体を拭いてほしくて。
「ん、そうだね」
返事はくれるのに、全然動こうとしない。奏人の唇は、依然、私の手に触れたまんま。
どうしよう? えーと、こういう時は……えーと……。
「奏人? あの、私が拭いてあげる」
「あぁ、じゃあ頼むよ」
よし、この作戦で合ってたわ。良かった。手も離してくれたし。
眼鏡を外しながら奏人が渡してくれたタオルで、髪、頬、首と、そっと押し当てながら水分を拭っていく。小雨だったせいか、服はそんなに濡れてない。良かったわ。後は、腕……。
「えっ、な、何っ?」
腕に手を伸ばしたところで、また奏人に手を掴まれた。
「ね、どっちの手?」
「え?」
「手だよ。どっちの手で、繋いでたの? 花宮先輩と」
えっ、今? 今、聞くの? このタイミングで?
迎えに来てくれてから今まで、煌先輩の話題、というか名前すら出なかったのに。このタイミングで聞かれるとか、思ってもみなかった。
でも、ちょっと待って? どうして奏人は、私が煌先輩と手を繋いでたことを知ってるの?
あっ、まさか武田くん? 武田くんがそれも連絡してた? だけど、手を繋いでたのは煌先輩が助けてくれたからで。だから……。
「あの、煌先輩はね」
「知り合い、だったの? いつから? そんな風に下の名前で呼ぶほど、あの人と親しいんだ? 俺、知らなかったよ」
眼前で、溜め息が落ちた。
「高階が、中継するみたいにリアルタイムで連絡入れてきた。こっちは走ってる最中だっていうのに」
珍しく、髪を乱暴にかき混ぜてる奏人が、大きく溜め息をついてる。
奏人に知らせたの、高階くんだったんだ。武田くん、疑ってごめん。
じゃなくて! もしかして奏人、煌先輩のこと、勘違いしてる?
「ねぇ。花宮先輩と俺って、わりと似たタイプだけど。それって、何か関係あったり、する?」
「……え?」
何? タイプ? というか、何の関係? えーっ? 私、何をどう答えたらいいの?
10
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
感謝の気持ちをいつかまた
おむらいす
青春
特にこれといった才能もない高校ニ年の牧岡杏奈。問題児だらけの学年で、教師が何度も変わってきた。だが、ある時入ってきた大城光は今までと違った。小説が好きという点で仲が良くなった二人。小説を通して深まる仲とは。
早春の向日葵
千年砂漠
青春
中学三年生の高野美咲は父の不倫とそれを苦に自殺を計った母に悩み精神的に荒れて、通っていた中学校で友人との喧嘩による騒ぎを起こし、受験まで後三カ月に迫った一月に隣町に住む伯母の家に引き取られ転校した。
その中学で美咲は篠原太陽という、同じクラスの少し不思議な男子と出会う。彼は誰かがいる所では美咲に話しかけて来なかったが何かと助けてくれ、美咲は好意以上の思いを抱いた。が、彼には好きな子がいると彼自身の口から聞き、思いを告げられないでいた。
自分ではどうしようもない家庭の不和に傷ついた多感な少女に起こるファンタジー。
どうして、その子なの?
冴月希衣@商業BL販売中
青春
都築鮎佳(つづき あゆか)・高1。
真面目でお堅くて、自分に厳しいぶん他人にも厳しい。責任感は強いけど、融通は利かないし口を開けば辛辣な台詞ばかりが出てくる、キツい子。
それが、他人から見た私、らしい。
「友だちになりたくない女子の筆頭。ただのクラスメートで充分」
こんな陰口言われてるのも知ってる。
うん。私、ちゃんとわかってる。そんな私が、あの人の恋愛対象に入れるわけもないってこと。
でも、ずっと好きだった。ずっとずっと、十年もずっと好きだったのに。
「どうして、その子なの?」
——ずっと好きだった幼なじみに、とうとう彼女ができました——
☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆
『花霞にたゆたう君に』のスピンオフ作品。本編未読でもお読みいただけます。
表紙絵:香咲まりさん
◆本文、画像の無断転載禁止◆
No reproduction or republication without written permission.
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる