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第一話

君と歩く、翡翠の道【6−1】

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「あー、やっぱり降ってきたぁ」
 少し前から、おかしいと思ってたんだよねー。
 吹く風に何となく湿り気を感じてて、それでその話題を出した途端に、ポツポツと小さな雨粒が身体に落ちてきた。
「本当だね。傘、持ってる?」
「持ってない」
「俺もだよ。まさか今日に限ってって、気分だな」
 ううぅ。こんな時、萌々ちゃんならササッと荷物の中から折り畳み傘を取り出しちゃうに違いないわ。
 いくら降水確率が10%だったからって、私、気を抜きすぎだった。これからは、女子力向上に力を入れなくちゃ!
「涼香。中から俺のジャージ出して」
 私のリュックがこちらに向けられた。結局、私はリュックを背負ってない。奏人が私の手を引いてないほうの肩に掛けて、ずっと持ってくれてるから。
「あ、うん」
 そうね。いつまでも私の荷物と一緒に入れてたら、渡し損ねるかもしれない。早めに返しとかなきゃ。
「はい。ジャージ、どうぞ?」
「ん。じゃあ、これをかぶっといて。行くよ?」
「え……ひゃあっ!」
 奏人の手に渡したジャージが、ふわっと広がって私の頭に乗って。直後、身体が浮いた。
 腰に回った奏人の手によって、横から掬うようにして足早に運ばれていく。
 ねぇ、足っ! 私の足、浮いてますけどっ?

「はい、到着」
 さっきまで遠目に見えていたバス停。そこに奏人に抱えられたまま運ばれて、あっという間に到着していた。
 誰も待つ人のいないベンチは細長い屋根に覆われていて、少しの雨なら雨宿り出来そう。そこに私を座らせた奏人は、私の頭にかぶせたジャージをスルッと肩までずり下げた。
「ん。そんなに濡れてないね。良かった」
 髪が濡れてないか確認するように、優しく前後に撫でられてる。
「奏人? は、運んでくれたのは嬉しいけどっ。でもねっ」
 髪に触れる優しい手は嬉しいけど、今はそれどころじゃない。だって、『私が濡れなくて良かった』って笑う奏人の髪も顔も濡れてる。身体だって。
「今すぐタオル出すから、早く拭いて」
「うん。けど、涼香の手、冷たいよ? 涼香こそ、ちゃんと拭かないと」
 急いで取り出したタオルを奏人は受け取ってくれたけど、そのタオルで、雨に濡れた私の手や服の水分を拭ってくる。
「寒くない?」
「ぜ、全然」
 寒くなんて、ない。それどころか、体温は急上昇中よ。濡れた腕を拭いてくれた後、私の手の甲にチュッと唇を押し当てたまま動かない奏人の視線に射抜かれてるから、だ。

「かなっ……奏人も、拭かないとっ」
 それでも、かろうじて口だけは動かせた。早く身体を拭いてほしくて。
「ん、そうだね」
 返事はくれるのに、全然動こうとしない。奏人の唇は、依然、私の手に触れたまんま。
 どうしよう? えーと、こういう時は……えーと……。
「奏人? あの、私が拭いてあげる」
「あぁ、じゃあ頼むよ」
 よし、この作戦で合ってたわ。良かった。手も離してくれたし。
 眼鏡を外しながら奏人が渡してくれたタオルで、髪、頬、首と、そっと押し当てながら水分を拭っていく。小雨だったせいか、服はそんなに濡れてない。良かったわ。後は、腕……。
「えっ、な、何っ?」
 腕に手を伸ばしたところで、また奏人に手を掴まれた。
「ね、どっちの手?」
「え?」
「手だよ。どっちの手で、繋いでたの? 花宮先輩と」
 えっ、今? 今、聞くの? このタイミングで?
 迎えに来てくれてから今まで、煌先輩の話題、というか名前すら出なかったのに。このタイミングで聞かれるとか、思ってもみなかった。

 でも、ちょっと待って? どうして奏人は、私が煌先輩と手を繋いでたことを知ってるの?
 あっ、まさか武田くん? 武田くんがそれも連絡してた? だけど、手を繋いでたのは煌先輩が助けてくれたからで。だから……。
「あの、煌先輩はね」
「知り合い、だったの? いつから? そんな風に下の名前で呼ぶほど、あの人と親しいんだ? 俺、知らなかったよ」
 眼前で、溜め息が落ちた。
「高階が、中継するみたいにリアルタイムで連絡入れてきた。こっちは走ってる最中だっていうのに」
 珍しく、髪を乱暴にかき混ぜてる奏人が、大きく溜め息をついてる。
 奏人に知らせたの、高階くんだったんだ。武田くん、疑ってごめん。
 じゃなくて! もしかして奏人、煌先輩のこと、勘違いしてる?
「ねぇ。花宮先輩と俺って、わりと似たタイプだけど。それって、何か関係あったり、する?」
「……え?」
 何? タイプ? というか、何の関係? えーっ? 私、何をどう答えたらいいの?


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