上 下
26 / 28

繋がる想い 【4】

しおりを挟む


「――なぁ、真南?」

「……」

 ブラインドから射し込む午後の陽射しは、冬特有の柔さ。

 その光を受けた静かな空間は、スポーツクラブの最上階。千葉先輩のプライベートルームだ。

「真南? まーな!」

 結局、誰もシャワー室には入ってこなかったものの、いつ人が来るかわからない恐怖の中、さんざん喘がされ、二度も達してしまった。

 そのせいで、ちょっと機嫌を損ね、膨れた俺を必死で宥める先輩はとても可愛かった。

 俺が少しツンとしただけで、黒縁眼鏡の上で眉が情けなく下がっていくのが見えるんだ。

 あの切れ長の鋭い瞳はどこ行った、状態だ。

「機嫌、まだ直らない? そんなに怒るなよ」

 可愛い。すごく可愛い。

「なんですか?」

 それで、俺の機嫌が完全に戻っていることに気づいてない先輩が、ソファーにもたれながら俺を腕に囲って『もう怒るな』と頬ずりしたり、軽くキスしたり。そんな、むず痒いほどに甘いひと時を過ごしてる。

「もう怒ってませんよ。何か、お話ですか?」

「お前、『聖なる食物』のこと、知ってるか?」

 ひたすらに甘く俺を宥めていた人からの、唐突な問いかけ。

 それは、いったん懐に囲った相手はとことん甘やかすし、尚且つ情熱的という千葉先輩の一面に、ふわふわと面映おもはゆい心地になっていた俺を少なからず驚かせた。

「『マナ』のことでしょう? えぇ、もちろん知ってますが、先輩もご存知だったんですね」

 聖なる食物・マナ。自分の名前と同じ音を持つ言葉だ。当然、知っている。でも、ここで先輩の口からそのワードが出てくるとは……。

 マナは、旧約聖書「出エジプト記」第十六章に登場する食物で。イスラエルの民がシンの荒野で飢えた時に、モーセの祈りに応じて神が天から降らせたという、別名『天からの賜りもの』。

 それは液体であり、固形物であり、芳醇な香りの甘露でもある。

「お前はさ。俺の『マナ』なんだよ」

「……え?」

「真南の作るスイーツが、一番、俺の口に合う。というか、もうお前のケーキしか食えない」

「先輩……」

「今思えば、たぶん中学の頃から、もう刷り込まれてたんだろうな」

「刷り込み、ですか?」

「自覚なかっただろうけどさ。中学の頃のお前、小さくてぷくぷくしてて、ぱっちりと大きな目が印象的でさ。めちゃ可愛かったんだぞ? そんなお前が、俺にケーキを差し出してくる時の表情かおが、どんな時よりも愛らしくてドキドキしてた。あれは、マジでやばかった。相当なもんだったんだよ」

「嘘、だ」

「嘘じゃない。うっかりバレンタインにお前からのチョコを期待して、一日中ソワソワと待ってたら何にも貰えないまま放課後になってガッカリ! ってことが二年連続であったしな」

「マジ、ですか」

 「マジ。大マジだ。まぁ、あの時は気の迷いだと思って流せたけど、今は無理だ。もうガッツリしっかりと、お前にハマってるからな。どこにも行かせないし、誰にもやらない」

 背後からの抱きしめる力が、強まった。

「こんな風に、甘い匂い垂れ流して誘うし。危なすぎて目が離せない」

 すん、と耳元の匂いを嗅がれる。

「ちょっ! それ、やめてくださいよ」

 体臭を嗅ぐとか、やめてほしい。何の羞恥プレイ?

「嫌がるなよ。お前、自分の身体が甘い匂い放ってるって気づいてないのか? でも、わかった。じゃあ、こっちにする」

「え、甘いって何……ふぁっ……あ、ん」

 耳朶が、柔く食まれた。「もう拒絶するな」という囁きとともに。

 そんなこと言わなくても、本気で拒絶なんかしないのに。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

最愛の幼馴染みに大事な××を奪われました。

月夜野繭
BL
昔から片想いをしていた幼馴染みと、初めてセックスした。ずっと抑えてきた欲望に負けて夢中で抱いた。そして翌朝、彼は部屋からいなくなっていた。俺たちはもう、幼馴染みどころか親友ですらなくなってしまったのだ。 ――そう覚悟していたのに、なぜあいつのほうから連絡が来るんだ? しかも、一緒に出かけたい場所があるって!? DK×DKのこじらせ両片想いラブ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ※R18シーンには★印を付けています。 ※他サイトにも掲載しています。 ※2022年8月、改稿してタイトルを変更しました(旧題:俺の純情を返せ ~初恋の幼馴染みが小悪魔だった件~)。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

2番ではダメですか?~腹黒御曹司は恋も仕事もトップじゃなきゃ満足しない~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺が必ず、最高の女にしてやる」 姉の結婚式の帰り、偶然出会った上司と一夜を共にした。 姉の結婚相手は私の初恋の人、で。 もう全部、忘れたかったのだ。 翌朝。 いつもはジェントルマンな上司が、プライベートでは俺様なのに驚いた。 それ以上に驚いたのが。 「いつまでも2番でいいのか?」 恋も仕事もどんなに頑張っても、いつも誰かに一歩およばない。 そんな自分が嫌だった。 だから私を最高の女にしてやるという上司の言葉に乗った。 こうして上司による、私改造計画が始まった。 紀藤明日美 24歳 二流飲料メーカー営業事務 努力家でいつも明るい 初恋の人が姉と結婚しても奪いたいなどとは考えず、ふたりの幸せを祈るようないい子 × 富士野準一朗 32歳 二流飲料メーカー営業部長 会社では年下の部下にも敬語で物腰が柔らかく、通称〝ジェントル〟 プライベートでは俺様 大手家電メーカーCEOの次男 一流ではなく二流メーカーに勤めているのは、野心のため 自分の名前がコンプレックス 部長から厳しく指導され、恋も仕事もトップになれるのか!?

食べないとは言ってない

冴月希衣@商業BL販売中
BL
『甘く蕩けて、スイーツ男子』のその後のお話です。 【デロ甘な眼鏡先輩×健気受け】お楽しみくださいませ。 ☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆ ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission.

逃げられない罠のように捕まえたい

アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。 ★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...