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ひりつく、疵(きず) 【2】
しおりを挟むでも、だからといって、先輩との間に『何か』があるわけじゃない。
こんな風にプライベートでともに過ごす時間が増えても、偶然でもない限り、先輩とは手を触れることもないんだから。
当たり前だ。甘く濃厚だったあの夜は、先輩にとっては、ただの慰め合い 。期待するほうがおかしい。
けど俺は馬鹿だから、たまに期待した目で先輩を見てしまう。
俺の家で、俺の隣で。俺の作ったスイーツを食べて蕩ける笑顔を向けてくれる先輩を見ると、うっかり期待してしまうんだ。
あの女性を忘れて、俺のことを見てくれてるのかな、なんて。そんな夢みたいなことは、有り得ないのに。
「――先輩。今日は、何をして過ごされてたんですか?」
「んー? 今日かぁ?」
リビングのソファーで寛いでる先輩に紅茶を運び、質問すると、背もたれに両手と頭を預けてギシッともたれた相手が、大きく伸びをした。
ふふっ。めちゃめちゃ寛いでる。
俺の家で自宅のように寛ぐ先輩にほっこりしながら、カップに紅茶を注いだ。
「早宮がさ――」
――びくんっ
先輩へと差し出してる途中のソーサーが、カチャッと音を立てる。
『早宮さん』。先輩が心から愛した女性。そして、たぶん今もまだ、その心を占めている、たったひとりの――。
「あいつがさ。地域の高齢者を対象にした体操教室を定期開催したいって言うんだよ。だから、午後はその打ち合わせをしてた。あいつ、そんなことばっか考えてんだよ。全く」
『全く』と言いながら慈しむような表情を隠さない先輩に、胸が激しく軋む。キリキリと痛む。
「へぇ。その人、本当に高齢者の方々のことを思ってるんですね」
不審に思われないよう平静な表情を装ってるけど、もしかしたら隠しきれていないかもしれない。それほどに、苦しい。
息が、しにくい。
「先輩?」
「ん?」
けれど、締めつけるような胸の痛みをおして尋ねてしまうのは、俺がどうしようもない馬鹿だから。
「その人のこと。まだ、好きですか?」
「……っ」
部屋の空気が変わった、そんな気がした。
しん、とした静けさを破って先輩が声を発したのは、かなり経ってから。
「……真南は? 真南は、『つらい片想いの相手』のこと、忘れられたか?」
え? どうして俺に聞くんだろう。質問したのは俺なのに。
「……いいえ」
わけがわからないけど、これしか答えを知らない。
「そうか。そうだよな」
そこで、いったん言葉を切った先輩が、小さく息をつく。そして、続けた。
「俺も、好きだよ……まだ」
俺を突き刺す言葉を。
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