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ひりつく、疵(きず) 【1】

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 ――日曜、午後六時。

 夕陽が姿を消し、通りを走る車のライトと街のネオンが銀杏並木に光を当て始めた頃。


 ――カラン、カランッ

 そわそわと時計を確認した俺に、真鍮製のドアチャイムが澄んだ音色を聞かせてくる。

「いらっしゃいませ。あっ、先輩さん、こんばんは! 幸村さぁーん、先輩さんがいらっしゃいましたよー」

「……声かけありがとう、優里ちゃん。でも、先にお客様をテーブル席にご案内してくれる?」

「はいっ!」

 千葉先輩との、あの一夜から約ひと月。もう、季節は晩秋と呼んでも差し支えない頃に差しかかっていた。

「先輩、いらっしゃい」

「おう、お疲れさん。さて、今日は何を食わせてくれるんだ?」

「はい。モンブランは、いかがですか? 丹波の渋皮栗を使ってます。フィナンシェの生地に生クリームもたっぷり乗せてありますよ」

「ん、楽しみだな。じゃあ今日は、コーヒーで頼む」

「かしこまりました」

 奥の壁際にしつらえた、イートイン用の丸テーブルセット。こじんまりとしたそこは長身の先輩には窮屈だろうに、文句も言わずに姿勢良く座って、優里ちゃんがケーキセットを運ぶのを待ってくれている。

 実際、窮屈なんだろう。イートイン用だけに、少し小さめの物を選んだんだ。

 長い足がテーブルの外にはみ出しているのが、厨房からでも見える。

 今日の先輩のコーデは、パールグレーのざっくりニットに黒のスキニー。足元を飾るのは、チャーチのプレーントゥシューズ。ネイビーのチェスターコートは、今は几帳面に畳まれて横の椅子にかけられている。

 通勤用のスーツ姿じゃない、普段着の先輩を知るようになったのも、ここひと月の変化のひとつだ。

 千葉先輩は、金曜の午後だけでなく、日曜のこの時間にも来店するようになっていた。

 いつの間にそうなったのか記憶は定かじゃないんだけど。あの甘い夜以降、休日の夜を俺の家でともに過ごしてる。

 こんな風に午後六時に来店して、お勧めケーキを食べながら七時の閉店まで店で過ごす。その後、一緒に夕飯を食べてから俺のマンションに来て、日付が変わる頃に帰っていく、というパターン。

 千葉整骨院は、日曜祝日が休診。パティスリーは月曜日が定休日。整骨院とサービス業では休日は合わない。

 だけど、ほんの束の間、重なる休日の時間を、こうして訪ねてくれるようになった先輩と過ごすのが当たり前のようになっていた。

 本当に、いつの間にか、なんだけど。


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