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壱
清ら松風 【三】
しおりを挟む「……今夜は、まだ邸に滞在予定よ。内裏には、明日の朝に戻るの」
納得できてないけど、珠子の性格を知り尽くしてる私は会話を引き戻したりはしない。珠子の中で一度解決したことは過去のものになるからだ。
それに、相手の名前を珠子が聞きたがったから言おうと思っただけで、無理に聞いてほしいわけじゃない。構わないわ。
「良かったー。お邸に居てくれるのねっ。あのね、篤子。私、実は今夜、あなたに内緒で宴の準備をしてるの!」
え?
「あーっ、姫様! それは夜になるまで秘密にする予定だったのでは?」
「あら? いけない。私としたことが、ついうっかり本人に漏らしてしまったわ。ごめんなさい、礼都女」
え……。
「姫様ぁ。篤子様を驚かせたいから、ご本人には決して知られないよう、密かに静かに準備をするように厳命なさったのは姫様ですよ?」
「でも礼都女。夜まで、もう数刻もないから構わないんじゃないかしら。それに、今の篤子の表情、とっても驚いてるから大丈夫。『妖猫騒動で心労を得たお友だちを励ますため、兼、内侍司でのお務め復帰をお祝いする管弦の夕べ』を不意打ちで開催して驚かせる計画は大成功よっ!」
「あっ、本当ですね。結果的に成功してたなら経過はどうでも良いですものね。さすが姫様!」
珠子……礼都女……。
大納言家の大君と、その姫君に心酔している女房とのやり取りに、座したまま軽い眩暈に襲われる。
ずれてる。このふたり、とってもずれてるわ。とっくに知っていたことだけれど。
「ふふっ……ふふふっ」
「篤子?」
「珠子、ありがとう。礼都女も……えーと、『妖猫騒動で心労を得たお友だちを励ますため、兼、内侍司でのお務め復帰をお祝いする管弦の夕べ』だったかしら。計画と準備、ありがとう。夜になるのが楽しみだわ」
唐突に笑い出した私に目を丸くした主従に、御礼を言う。
気儘で、我が道を行く自分勝手なところがあるけれど、少し抜けてる可愛い面が憎めない。優しい思いやりに溢れてる珠子が、私は大好き。
『管弦の夕べ』の題名が大げさなところも珠子らしくて可愛らしい。妖猫、うずら丸との悲しい別れで心に傷を負ったものの、療養を終えて内侍司《ないしのつかさ》に復職したのはもう半月も前のことなのに。
あ、それはそうと、管弦の宴には奏者が必要よね。私たち三人だけの演奏では少し寂しいけれど、珠子は箏の琴、礼都女は琵琶が得意。私が和琴を担当すればいいわ。
本当は、珠子と同じく箏の名手であられる光成お兄様の調べをお聴きしたいところだけれど、そんな我儘は言えないし。第一、お忙しい光成お兄様が私などのために動いてくださるはずがない。
そもそも、私はお兄様には憎たらしい態度しかとってはいないのだから嫌われ……。
「あ、篤子。もう隠す必要がないから言ってしまうけれど、管弦の奏者として、お兄様も後でここにいらっしゃるわよー。楽しみにしててねっ」
「えっ……ごほっ! ごほほっ!」
噎せた。
ちょうど脳裏にその美麗なお姿を思い浮かべていた人物の名前を、珠子の声で聞いたから。
柑子で風味をつけた白湯を飲み込んだ瞬間だったから、酸味が喉に引っ掛かって盛大に噎せた。
珠子ぉ。光成お兄様がいらっしゃるのなら、最初に告げておいてほしかったわ。
もう不意打ちは無いと気を緩めてしまった後だから余計に驚いた。たぶん、これが今日一番の驚愕よ。
「ごほほっ! ごほっ!」
珠子。あなたの不意打ち作戦、大成功ねっ!
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