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夢と知りせば
第三章【一】
しおりを挟む想定外の事というのは、続けて起こりうるものなのだろうか。
「建さん、光成さん、本日はよろしくお願いします」
いくら何でも、これは想定外の域を超えているのではないか?
「こちらこそ、よろしくな。けど、びっくりしたぞ、敦尚くん」
「僕のような子どもがご一緒して、お邪魔なのは承知しています。でも、足手まといにならないようにしますので」
シートの向きを変え、向かい合わせにした新幹線の座席で頭を下げ合う僕たち。ブレザー姿のあどけない少年と、黒スーツが二名。異様な組み合わせだ。
どうして、僕らが中学生と一緒に行動しなければならないのか。しかし、どれほど有り得ないと思っても、これは上司命令。
「よろしくお願いします。我々としても竜宝院家の協力を得られて、ありがたいですよ。でなければ、今日は都内で無駄な一日を過ごす羽目になっていたのですから」
「そうそう、光成の言う通りだ。狗神家の情報は本当に助かったよ。そのお陰で、一日早く岩手グルメを……違った。こうして蛇神の捜査だけに的を絞れているんだから」
純真な中学生には聞かせられない疾しい本音を零しかけた建先輩だったが、僕が睨んだことに気づいたようで、ギリギリで大人としての面目を保った会話に軌道修正できた。やれやれ。
第三者の前で、ほんの僅かでもグルメ旅行気分を出されたら困るんですよ。公務の出張なんですから。
しかも、その第三者は、うちの上司の承認を得て東北まで同行する宗家の御曹司。この状況はとても危険だ。敦尚くんの前でだけは、建先輩の残念な思考を秘匿せねば。そのためには、仕事の話題だ。世間話よりは先輩のボロが出にくい。
「さて、では敦尚くん。盛岡までの移動時間を利用して、情報の共有をしましょう。昨夜、狗神家から緊急で届いたという情報の詳細を教えてください。上司から、君が持参してくれると聞いていますよ」
「はい、父から預かってきています。これをどうぞ。昨夜、狗神の頭領、一毛郷道から、うちの父宛てに届いた書簡の写しです」
「ありがとう……なるほど。狗神の捜査は不要だから東北に直行しろ、との命令が下ったのは、これが理由だったのですね」
「いやぁ、マジでびっくりだな。実はな、敦尚くん。昨日の俺、狗神家は飛ばして蛇神に直行しちゃう? なんて軽口を叩いてたんだよ。それが現実になった命令が出たもんだから、驚きすぎて今朝は二度寝できなかったんだ」
「先輩、いきなり脱線しないでください。あと、良識ある社会人は出勤日に二度寝しません」
ちょっと先輩! あなたのお茶目な本性がバレないように僕が配慮してたのに、自ら変なカミングアウトしないでください!
まぁ、確かに、先輩のあの軽口が現実になって僕も驚愕でしたが。
早朝に、『狗神は被疑者から外れた。それどころか竜宝院家の協力者である。狗神からもたらされた情報を持った宗家の御曹司と東京駅で落ち合い、彼とともに蛇神の本拠地に向かえ』との命令が下った。全く、意味がわからなかった。最も疑わしい狗神が協力者?
けれど、御曹司から渡された書類によれば、狗神もある意味、被害者だった。
昨日、突然、蛇神から脅迫状が届いたのだという。蛇神の縄張りを侵した(これはおそらく誤解)狗神への警告のため、狗神の一族を誘拐した。返してほしくば、補償代わりの身代金を支払え、と。
ご丁寧に、眠らせた敦尚くんの写真が脅迫状に同封されていたことから、御曹司と交流を持っていた狗神の頭領が竜宝院家に急報を届けた、ということらしい。
敦尚くんは獣憑き同士のトラブルに巻き込まれて攫われたわけだが、これで蛇神一族は獣憑きを守護してきた竜宝院家に睨まれることとなった。宗家のネットワークにより、蛇神一族こそが僕たちが追っていた産業スパイと判明したのだ。
まさに急転直下。僕と建先輩が二ヶ月かけて追っていた大手精密機械メーカーの産業スパイ案件が、宗家が介入しただけで被疑者確定に至ったんだ。たった一晩で確定……僕たちの六十三日に及ぶ地道な捜査はいったい……。
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