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夜一夜(よひとよ)

をかし啼く

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 我は、焔を操る妖である。
 生まれは大陸、黄河のほとり。炎帝えんていの娘、瑤姫ようきによって、この世に召喚されたのだ。
 以来、『火』と『夏』を司る女神に名を頂戴した古き大妖たいようとして、四千のよわいを重ねて今に至る。
 率いる眷属は、下位の物の怪まで含めて三百以上。大陸のみならず、ここ、日の本の都でも我の前にひれ伏す妖どもが引きも切らず、眷属は増えるばかりだ。
 さあ、妖猫の頂点に君臨する我を畏れ敬え! 崇め奉れ! さすれば、眷属として庇護して……。
「いつまで続くのだ、それは。そろそろ黙れ!」
 ——ぱしーんっ!
「いったぁーい! 何すんのよう。せっかく乗ってきたとこなのにぃ」
「乗ってきた? あれだけ長く無駄口を叩いておいて、まだ続けるつもりだったのか」
「酷い! 太古の皇帝に縁あるアタシの華麗なる経歴を聞きたいって言ったのは光成ちゃんでしょ? なのに、それを無駄口って言うなんて!」
「人聞きの悪いことを言うな。何が、華麗なる経歴だ。しかも、私が聞きたがったように言うとはどういうことだ。自分の都合の良いように話をすり替えて同情を引こうとするな!」
「痛ーい!」
 酷い酷い、と訴えるも、再び頭をはたかれて叱られた。
 現在の飼い主、大納言家の六位蔵人は、一見、儚げな美貌を裏切る容赦の無さをアタシ相手には隠さない。これでもアタシ、大陸では伝説の妖なんだけど? もう少し、丁寧に扱ってほしいものである。
「まあまあ、光成。あんまり叱ってやるなよ。確かに、先ほどの朱鷺丸ときまるの話は余計な情報ばかりで何の役にも立たないものだったが、今度の我らの仕事はこいつに聞く以外に、早期の解決方法が無いんだぞ。そうだろう?」
「う……はい」
「他にも急ぎの案件を抱えている現状なのだから、少しくらい誇張された法螺ほら話で過去を飾り立てるくらいは、広い心で流してやろうではないか」
「そうですね。建殿のおっしゃる通りです。私たちの迅速な業務遂行のためには、こやつの妄想癖にいちいち目くじらを立てている場合ではありませんでした。建殿に比べて、狭量な自分が恥ずかしいです」
「ちょーっと待って、二人とも!」
 あなたたち、何言ってんの?
「黙って聞いてれば、法螺で飾り立てるだの、妄想癖だの、好き勝手言ってくれちゃってるけど、アタシ、ひとっつも嘘言ってないわよ。全部、ほんとの話! 真実! アタシ、大陸では伝説の妖として、めちゃめちゃ有名なのよ! 前にも説明したでしょっ?」
 白猫に変化へんげした小柄な体躯を二人の蔵人の顔の高さまでぴょんぴょんと高く跳躍させ、声を張り上げた。全力の抗議だ。
 アタシ、大陸から日の本まで自力で飛来したのよ。それが可能なくらいの妖力がアタシには有るって光成ちゃんも建も知ってるはずなのに、法螺吹き扱いされるなんて心外っ。
「そもそも、蔵人所のお仕事に必要だから、大陸の話を聞きたいって言ってきたのは、そっちのくせにぃ!」
 なんでも、大陸の歴史を書物の形に纏めるように、という帝の御下命があったそうで、数ヶ月前まで大陸にいたアタシに助力の依頼があったんだけど、もう、二人には協力しないって言ってやろうかしら。光成ちゃんと建のことは気に入ってるから、ほんとにそんなことはしないけどね! ぷんぷんっ。
「朱鷺丸もそんなに怒るなよ。私にも光成にも、お前の協力が必要なのだから」
「あら、そぉ? やっぱり、アタシを頼りにしてるのねっ?」
「もちろん、頼りにしている。朱鷺丸の助力が我らには必要不可欠なのだから。なぁ、光成?」
「……えぇ」
 じゃあ、許しちゃう。アタシは優しいから、ぷんぷんは撤回よ。
 それに、建のこと以外ではあまり感情を見せない光成ちゃんはともかく、建は大陸の歴史本の作成には並々ならぬ気合を入れているのよね。
 うきうき教えてくれたところによると、時代ごとに内容に即した絵を添えるようにと帝から直々に言われたらしい。つまり、建が描いた絵が、帝の名で編纂される書物に残るということ。毎日、何か一つはやらかしてる迂闊者の建だけど、絵と書の腕前は蔵人所随一なのだ。
 でも、名誉な仕事に浮かれ、無駄に張り切っているせいか、明らかにずーっと鼻息が荒くて、悪いけど、ちょっと引いちゃう。
「ところで、朱鷺丸の大陸過去編が全て真実なら、あれだな。お前、相当な爺さまだったんだな」
 え……。
「た、建殿っ」
「いやぁ、驚いたぞー。そろそろ四千歳になるのだろう? 四千年も生きてるって、どんな気持ちなのだ?」
 は?
「建殿、その辺で……」
「あ、待てよ。朱鷺丸は、躯は牡猫だが心は雌だったな」
「建殿、その先を口にしてはなりません。聞いてますか? 空気を読みましょう」
 アタシの目が据わったことに気づいたのは、光成ちゃんだけ。アタシ同様、建がこの後に言いそうなことが予測できたのよね。
「ということは、爺さまじゃなく、婆さまだな! これからは、親愛の情を込めて、朱鷺丸ばばさまと呼ばせてもらうこととしよう! そうしよう! なぁ、光成っ?」
「いえ、私は朱鷺丸と呼びます」
 あ、光成ちゃん、建を庇うのを諦めた。
 そうよね。やるせなく目線を逸らす以外に出来ること、もう無いわよねぇ。あなたの想い人、既に決定的な失言をかましちゃった後だもの。
「え、なんで? こいつ、四千年も生きてるんだぞ? 立派な婆さまじゃないか。どこからどう見ても元気が有り余ってそうだが、四千歳だぞ? 婆さまなのだから、とっくに躯にがたが来ていてもおかしくない。いたわってやらねば……」
「お黙り、建! かつて、燦爛たる美猫ぶりで瑤姫ようき様から『白焔びゃくえん』の名を賜ったこのアタシを、よくも婆さ……年寄り扱いしたわね。許さなーいっ!」
「うわっ! いてててててっ! やめろ、引っ掻くな! 痛い痛いっ!」



 アタシ、白焔。妖猫の頭領。京の都での名乗りは朱鷺丸よ。
 とある事件をきっかけに陰陽寮に預けられることになった眷属の灰炎かいえんちゃん(うずら丸)とともに、しばらくは京の都に滞在予定。
「全く! いくら悪気が無くても、美の追求者たるアタシに向かって何度も婆さま呼ばわりしてくれた建には、報復が必要だと思うの。やっちゃっていいと思う人、手ぇ挙げてー? はーい!」
 よし、やろう。
「うふっ、うふふんっ。アタシ、源建ぅ。蔵人所にお仕事の依頼はありませんかぁ? 何でもやりまぁす! 蔵人所の切れ者、源建に是非ともお仕事くださぁーいっ! うふふんっ」
 うふうふと笑いながら、お尻を振り振り。建に変化へんげして、お仕事募集してやった。
「白焔、もうその辺でやめてやれ」
「あ、光成ちゃん。大丈夫、大丈夫ー。いつものやらかしさえ無ければ、一晩で終わる量だから」
 報復と言っても、アタシは慈悲深いから、忙しさで目が回る程度の仕事量に抑えといたわ。素晴らしい気遣いよね。褒め称えなさい。
「あの建殿が、何もやらかさないわけが無いだろう。はあぁ……全く、面倒な」
「うふふっ。後はよろしくぅ」
 いかにも面倒くさげに溜め息ついてるけど、光成ちゃんが決して建を見捨てず、仕事が終わるまで面倒を見ることも計算に入れてあるアタシは、余裕の笑みだ。
 ちょっと目を離すと勝手に失敗して、被害を大きくしたり、迷惑をかけてくれる建を叱りつけながら、二人で仲良く仕事すればいい。
 さて、気が済んだことだし、そろそろ退散しようかしら。
「光成ちゃん?」
「何だ」
「建の手助け、頑張ってね。仲良くするのよー。んーっ、ちゅっ!」
「建殿の姿で妙なことをするな! この愚か者! 早く、その変化を解け!」
 立ち去るついでに、唇に当てた指で、ちゅっ、と接吻を投げると、くわっと目を見開いて怒鳴られた。
 おぉ、怖ーい。美形は憤怒の表情も迫力あるわ。
 妙なところに感心しつつ、ふわっと後ろに一回転。宙返りする間に白猫に変化し、軽やかにその場から駆け出した。
「うふふふっ。またねぇ」







 ——皆さん、またね。







【了】
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