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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【8−11】

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「あの、奏人?」
 奏人の笑みに後押しされて発した声は、少し震えてしまっていた。
「わ、私もっ。私も、奏人に聞きたいことがあるの。答えてくれる?」
 でも、勇気を振り絞って最後まで一気に伝えた。
 ほんとは怖い。聞きたくない。でも私も、都築さんのこと、聞いてみる。
「俺に? もちろん、いいよ。何でも聞いて」
 私の強張った表情に一瞬目を見開いた奏人だけれど、すぐに穏やかに目元を緩めて言葉を返してくれた。
 その返事が、奏人に質問された時に私が返した言葉と同じだということに気づいて、その嬉しさに絡め合った指先にきゅっと力がこもる。
 いいよね? 聞いても。だって、『何でも聞いて』って言ってくれたんだもん。
 ごくりと一度喉を動かした後、奏人の瞳だけを見つめながら言葉を発した。
「あ、あの……都築さんの怪我のこと、聞いてもいい?」
「え……都築?」
「そう。あの、どんな具合なの? 大丈夫、なのかな?」
 私の質問が意外すぎたのか、都築さんの名前を繰り返しただけで少しの間固まってしまった奏人に、細かい質問をさらに重ねた。

「かっ、奏人が……保健室に運んだって聞いた、よ?」
「それが、涼香の『聞きたいこと』?」
 私が重ねた質問で奏人の笑みが消え、静かに問いが返された。
「まっ、まだ! まだあるの」
 都築さんの怪我の状態や原因を知りたいし、それが奏人が遅刻してきた理由に繋がってるのかも、もちろん知りたい。
 けど、その説明を先に聞いてたら、こっちが聞けなくなりそうな不安もあったから、先に口に出しておきたかった。
 何より、勢いをつけてる時に吐き出しておかないと、私の心臓がもたない気がしたから。だから、大きく息を継いでから、一気に問いかけた。
「えと、奏人の名前っ……下の名前で、あの人が呼んでるって聞いたよ? もしかして奏人も……お、お互いに名前呼び、してたりするのかなっ?」
 言えた……というか、聞いちゃった。

「あのねっ。奏人を『奏人』って呼ぶのは私だけだと思ってたとか。そういうの、ものすごく自惚れやさんで恥ずかしいけどっ」
 でも、まだ止まらない。
「それでも、前に奏人が『君だけの呼び名だよ』って言ってくれたからっ。だから私、ずっとそのまま信じてて。なのにっ」
「そうだよ。涼香だけだ」
「奏人……」
 どういうわけか、一度口に出したら思ってたことが次から次へとするすると出てきて、気づけば全部ぶちまけていた。こんなこと言えないって、あんなに悶々してたはずなのに。
「俺が名前で呼ばれたいと思ったのは、涼香だけだよ」
 そして、興奮した私をなだめるように繋いだ手を少し引いて身を寄せ、背中を撫でてくれる手と、『涼香だけ』と繰り返してくれる優しい声。それを与えてくれる奏人に、抱えていたもうひとつの想いが零れ出る。
「嫌なの。すごく、嫌」
 胸に刺さった、小さなトゲ。小さいけど、確実に存在してるそれは、私のイヤな部分を表してもいる。
「こんなこと思う自分も嫌だけど。でもそれ以上に、私よりも奏人に近い人が居るのが、嫌なの」
 鋭い痛みをともなって大きく胸を抉ってきたそのトゲは、実は、私が自分以外の女の子たちに向けたい気持ちと同じ形をしてるのかもしれない。
「私が、奏人の一番近くに居たい。誰よりも一番近くで、『私だけの奏人よ』って、皆に言いたいの」
 このひとを私だけが独占してるのだと、自惚れでいいから知らしめたい。


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