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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】
立葵に、想いをのせて【5−1】
しおりを挟む「どうしよう。こんなに早く目が覚めちゃった」
午前五時二十分。時刻だけ確認して、スマホを枕元に戻した。
――ミャアァー
「あら? 今朝はキクノスケのほうが早起きなの? 珍しいねぇ」
ベッドからおろした足元に顔を擦りつけてきた、真っ白な毛並みの家族。見上げてくるブルーアイの体躯を抱き上げて、カーテンを開けた。
「あー、やっぱり降ってる」
梅雨だから当たり前だけど、今日も雨。
「残念。これじゃあ、今朝も奏人のランニングは中止かな」
悪天候以外、毎朝のランニングを欠かさない奏人だけれど、この降り方じゃ、今朝は走らないよね。むしろ怪我が心配だから走らないでほしいけど、ランニング姿が見られないのも実は寂しい。
高校生のお兄さんだと思い込んで、走る姿をこの窓からこっそり眺めてたのは、もう一年以上も前のことだ。その奏人とカレカノになれただなんて、すごい奇跡だと思う。
「ねぇ、キクノスケ? 奏人ね。いつも通り、なのよ?」
この一週間、部活もバイトも変わらずに頑張って。お昼休みは、毎日私とお弁当を食べて。私だけに見せてくれる笑顔も、優しい声も甘い囁きも。全部、なーんにも変わらない。なのに――
『たまにだけど、いまだに昔の呼び名で呼ぶんだ。――アイツ』
あれ以来、私の胸に刺さったまんま、抜けないトゲがある。ほんの少し、本当に小さなモノだけど、ずっとチクチクと胸を刺してくるの。
奏人が向けてくれる気持ちに変わりがないことは、しっかりと信じられる。日曜日だって、たくさん謝ってくれた。それはもう、申し訳ないくらい。
髪型もワンピースも、すごく褒めてくれたし。だから、言えなかった。聞けなかった。
『昔の呼び名』って、何? 『アイツ』って、誰? 奏人を『奏人』って呼んでいいのは、私だけじゃなかったの?
疑問をぶつけたら、すぐに答えてくれたのかな。
でもね? そんなこと聞いて、また無表情で知らんぷりされたらどうしようって、思った。簡単に聞けそうなことだけど。あの時の私は、奏人の反応が怖くて聞けなかった。
「あぁ……駄目ね。切り替えなくちゃ」
今日は、救命講習会の日。保健委員として責任重大な行事があるんだもの。
「キクノスケ、朝ごはん食べに行こ?」
チカちゃん、山田くん、里奈ちゃん、安倍先輩に煌先輩。同じ班の皆に迷惑かけないように、気を引き締めなくちゃね!
「涼香ちゃん。お昼、食べよ。お弁当だよね?」
「あ、うん。チカちゃんもでしょ?」
「うん。時間ないし、ここでパパっと食べちゃお」
4限目の授業が終わってすぐ、チカちゃんが荷物を持って私の席までやってきた。
五十分後には、佐伯先生に指定された教員専用の駐車場まで行かないといけない。遅刻しないように、急いで食べなきゃ。
「涼香」
「えっ、奏人? どうしたの?」
食べ始めたところで、奏人が教室に入ってきたから、慌てて立ち上がった。
「講習会、十七時半まででしょ? 迎えに行くから、帰らないでそこで待ってて」
「えっ? バイトは?」
「今日は休み。明日、試合だからね」
「あっ、そうだね。応援に行くよ、皆と」
「ありがとう。で、三十分くらい遅れるとは思うんだけど、絶対行くから待っててほしいんだけど」
「うん、大丈夫。待ってる」
「ん。じゃあ、またメッセージ送るから」
最後にするりと髪を撫でてから背中を向けた奏人を、その場で見送った。
一緒に帰れるなんて思ってなかったから、嬉しいな。
変わらない奏人の態度と優しい笑みが、今朝の憂鬱をはらってくれたような気がする。
だから、チクリと疼く小さなトゲの感触は気づかないフリで、笑ってチカちゃんに向き直った。
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