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キミとふたり、ときはの恋。【第二話】

立葵に、想いをのせて【3−4】

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「旨い! めっちゃ旨い! やっぱ青ちゃんのハンバーグは最高だな、美也っ」
「ふふ……慶はここに来たら、いつもそのハンバーグだもんね。ほんとに好きねぇ、それ」
 大好物だという、チーズがたっぷりと乗ったハンバーグ。それをパクパクとたいらげながら、慶太くんが『旨い』を連発してる。
 美也ちゃんには、ニヤリと小生意気な表情。チカちゃんには、開けっぴろげで明るい表情。御園さんには、甘えるような無邪気な表情を見せてた中二男子の、それまでと違う顔を見た。
「慶太くんって、美味しいもの食べてる時に、はにかむように笑うとこ、可愛いね。あと、ほっぺがぷくぷくしてるとこも可愛い」
 すごく微笑ましいと思ったから、ポロリと褒め言葉を伝えてた。
「んなっ……何、言ってんだよ。『可愛い』とか! 俺、もう中二だぞ! 全然、ちげーし! ふざけんなよ、涼香っ!」
 ――カツンッ
「……おい、今、呼び捨てにしたか?」
「か、奏人っ?」
 真っ赤な顔で照れて怒鳴った慶太くんの横に、きっと普段よりは大きな音を立てたんだろうコーラが置かれた。
 なぜ、そう思ったのか。滅多に聞かない地を這うような声と、慶太くんを睨む奏人のお顔を間近で見たから――。

「土岐くん? 慶太くんの今のあれはね、ものの弾みっていうかね?」
「う、うん、そう。慶には悪気はなくてね?」
 慌てたように奏人に話しかけるチカちゃんと美也ちゃんを横に、奏人の顔を下から覗き込んだ。
「奏人? 慶太くんに怒ってるの? どうして? 悪いのは、私よ?」
 奏人が慶太くんを睨んでるのは、見ればわかった。慶太くんの怒鳴り声のせいだよね?
 けど、慶太くんが私に怒鳴ったのは、照れの裏返し。だって、お顔が真っ赤だもん。そうすると、中二男子に『可愛い』って言っちゃった私に非がある。
 何の理由もなく怒鳴られたわけじゃないし。だから、そのことをちゃんと説明しなくちゃ。そう思って、トレーを持っていない奏人の右手をきゅっと握って、しっかりと目を合わせた。
 目線が、強く絡んだと思った。深い黒瞳に、射抜かれた気がした。けれど、自然に。本当に自然に、握り込んだはずの奏人の手はするりと私の手から離れていく。
「……いや、怒ってないよ。はい、マンゴージュース」
 あれ? 表情、戻ってる?
 チカちゃん、美也ちゃん、私のオーダーのマンゴージュースを順に置いた奏人は、何事もなかったかのように、すぐにお仕事に戻っていった。
 あれ? 慶太くんに怒ってたんじゃなかったのかしら? んん? 私の勘違い?
 チカちゃんと美也ちゃんに尋ねるように顔を向ければ。チカちゃんからは、苦笑が返ってきた。美也ちゃんは——。
「慶? 涼香ちゃんはお姉さんなんだから、呼び捨ては駄目よ?」
 慶太くんの頭を撫でてる。その慶太くんは、このやり取りの間も、ひとり、我関せずとナポリタンを豪快にパクついていたようだ。お口周りを美也ちゃんに拭いてもらってる。ふーん、これは照れないのね。

「えーと、奏人は……」
 どこ?
 彼氏の姿を求め、目線を巡らせる。その人は、カウンターのお客様にケーキセットを運んでいた。
 変わらぬ穏やかな表情でスマートな接客ぶりを見せてる姿を確認し、『もう怒ってないなら、いっか!』と、結論づけることにした。


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