怪奇探偵社の報告書

だすびだ

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氷の村

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探偵社に一通の手紙が届いたのは、今年初めて雪が降った日だった。
「こんなところで仕事の依頼か……?」Tが手紙を持ち上げ、僕とMに見せる。

封筒は古めかしく、どこか湿った匂いがする。差出人の名前はなく、代わりに「助けてください」という文字が震えた筆跡で書かれていた。中には短い手紙が入っており、簡単な地図とともにこう記されていた。


「山奥にある村を訪ねてください。この村は、雪と氷に閉ざされています。そして、人々は消えていきます……。」



手紙の雰囲気に、僕たちはただならぬものを感じた。
「なんだこれ、ホラー映画みたいじゃないか。」Tが半分冗談めかして笑うが、その笑顔は少し引きつっていた。

「行ってみる価値はありそうだな。」Mが即答した。
「どうせならTにも来てもらおうか。最近、机でうたた寝ばっかりしてるし。」僕が笑いながら言うと、Tは肩をすくめた。

「まあ、暇つぶしにはなるか。けど、雪道で車がスタックしたらお前ら二人に押させるからな。」

こうして僕たち三人は、地図に示された「氷の村」へ向かうことになった。

地図に記された村は、県境に近い山奥にあった。冬場になるとほとんど雪に埋もれ、交通も断たれる場所らしい。車でアクセスできる限界点まで進み、そこからは徒歩で向かうことにした。

「寒いなあ……こんなところに本当に人が住んでるのか?」Tが手を擦りながら呟く。
「いや、むしろ人が住んでたら驚きだ。」僕が答えると、Mが地図を見つめながら歩調を早めた。

雪道を進むにつれ、あたりの静寂が不気味に感じられるようになった。風の音すら聞こえない。まるで世界全体が凍りついてしまったような感覚だ。

「見えてきた。」Mが立ち止まり、指さした先に、小さな村が現れた。
屋根には雪が積もり、家々はどれも古びているが、完全に無人ではなさそうだ。

「人の気配がないな……けど煙突から煙が出てる家があるぞ。」Tが雪を払いながら歩を進める。

村の中央にある家の前で足を止め、僕たちは扉をノックした。

扉がゆっくりと開き、中から現れたのは、腰の曲がった老婆だった。
「……誰だい?」

「少しお話を伺いたいのですが。この村で『消えた人々』について、何かご存じではありませんか?」Mが丁寧に尋ねる。

老婆は一瞬怪訝そうな顔をしたが、やがて小さく頷き、僕たちを中に招き入れた。室内は薪ストーブの暖かさで満たされていたが、どこか息苦しい空気が漂っていた。

「ここでは毎年冬になると、村人が一人ずつ姿を消すんだよ。気づけばその人の家は空き家になり、春が来るまで誰も戻らない。」

老婆の話に、僕たちは言葉を失った。

「それが『氷の呪い』だと皆言っているよ。この村に住む以上、逃れられない宿命なんだ。」

「呪いって……実際に消えた人を見たんですか?」Tが思わず口を挟むと、老婆はゆっくりと首を振った。
「誰も見たことはない。ただ、朝起きたらその人がいなくなっている。それだけだ。」

その夜、僕たちは村の一軒家に泊まることになった。外は吹雪で、村全体がさらに静寂に包まれていた。

「なんだか落ち着かないな……」Tが窓の外を見ながら呟いた。
僕も同じ気持ちだった。村全体が異様な雰囲気に支配されている。

翌朝、村を見回ると、ある家の前で足跡が途切れているのを発見した。雪の上に残るその跡は、家の中から外に向かい、途中で消えていた。

「……まさか、これが消えた人の跡?」僕が呟くと、Mが雪をかき分けて足跡を追い始めた。

「この足跡……何か引きずってるな。」Mが指摘する。

Tも慎重に跡を辿り、やがて一言漏らした。
「けど、おかしいぞ。ここで終わってるってことは、どこかに消えたってことだろ?足跡が空中に消えるなんてありえない。」

さらに調査を進める中、僕たちは村外れの洞窟を発見した。その中には、凍りついた道具や古い木箱が散乱していた。そして奥には、大きな氷柱に閉じ込められたように、誰かの人影が浮かび上がっていた。

「これ……人だ。」Tが震える声で言う。

氷柱に閉じ込められた影は、確かに人間の形をしていた。しかし、氷の透明度と冷気のせいで、顔ははっきり見えない。

Mが慎重に氷に近づき、周囲を調べた。
「この村で起きている現象、単なる失踪じゃない。何かがこの村の人をここに閉じ込めている。」



僕たちはその後、村を離れ、依頼人に調査結果を伝えた。ただ、氷柱の影については報告しなかった。説明しても信じてもらえないだろうし、何より自分たち自身が真相にたどり着いていない。

帰り道、Tがぼそりと呟いた。
「なあ、あの村……春になったらどうなるんだろうな。」

僕たちにはその答えがわからなかった。ただ、一つだけ言えるのは、冬が来るたびにあの村は人を呑み込み、春を待つのだということだ。
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