怪奇探偵社の報告書

雨が降る時にだけ現れる男

僕は小さい頃から雨の日が好きだった。降り続く雨の音は、日常のざわつきを洗い流してくれるようで、どこか心が落ち着く。でも最近、僕はある出来事がきっかけで、雨が降ると少しだけ怖くなる。

その日は梅雨入りしてしばらく経った頃だった。いつものように傘を差して帰宅途中、僕は道端に不思議な男が立っているのを見かけた。古い洋服に、頭には黒い帽子を被り、じっと雨を見つめている。その姿はどこかぼんやりしていて、最初は人形か何かかと思ったが、微かに動いているのを見て人だとわかった。

特に気にせず通り過ぎたが、その翌日も同じ場所で同じ男が立っていた。そして、その次の日も雨が降るたびにその男は現れ、じっと雨空を見つめていた。

「誰か待ってるのかな？」

不思議に思いながらも、特に話しかける勇気はなかった。けれどある日、思い切ってその男の横を通り過ぎるときにちらりと顔を見た。すると、彼の目はとても暗く、深い悲しみを湛えているように見えた。なぜか、僕はその視線に吸い込まれそうになり、急いで視線を外してその場を離れた。

その日以降、どうしても彼のことが気になってしまった。どうして雨の日にだけそこに立っているのか、晴れの日にはどこに行っているのか。興味が募る中で、ついにある雨の日、僕は意を決してその男に声をかけることにした。

「すみません、よくここで見かけるんですが、何を待っているんですか？」

男はゆっくりと僕の方を向き、静かな声でこう答えた。

「私は……待っているんじゃない。帰れないだけなんだよ」

帰れない？思わぬ答えに僕が困惑していると、彼は静かに語り始めた。

「昔、この近くで事故にあったんだ。雨が降る日にね。どうやらその日以来、私はこの場所から動けなくなったみたいだ。……雨の日だけ、ここに現れることができるようになったんだよ」

彼の話に、背筋が凍る思いがした。事故に遭って帰れなくなった男が、雨の日だけ現れている――まさか幽霊なのか？

恐る恐る距離を取ろうとすると、男はふっと微笑み、言葉を続けた。

「でもね、不思議なことがひとつだけあるんだ。この場所でこうして待っていると、時折、私を覚えていてくれる人が現れるんだよ。君みたいにね」

「……え？」

男の顔を見ると、どこか懐かしいような気がして、ふと心に何かが引っかかった。まるで、昔会ったことがあるような気がしたのだ。そんなはずはない、僕はまだ若いし、この街に住んでいた記憶もない。でも、彼の瞳を見つめていると、なんともいえない懐かしさと悲しみが伝わってきて、僕は自然と涙が流れそうになった。

そのとき、急に雨が止み、空に薄日が差し込んだ。気づけば男の姿は消え、まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、道端には雨水だけが静かに流れていた。

それ以来、僕は雨の日が少し怖くなった。そして、雨が降るたびに、あの場所を通るたびに、僕は思わず目を凝らしてしまう。あの男が、また雨の日に現れるのではないかと思って。


何年か後の梅雨の日、僕は再びその場所を訪れた。あの男の姿はもう見えなかったけれど、確かにそこにいた記憶が鮮やかに蘇った。

「誰かに覚えられることで、彼はようやく帰ることができたのかもしれない。」

そんな思いがふっと浮かび、僕は一瞬だけ空を見上げ、再び足を進めた。