怪奇探偵社の報告書

山の静寂

休日を利用して、僕は一人で山奥へキャンプに出かけた。普段の忙しさから離れ、自然の中で心身をリフレッシュしたかったのだ。緑の木々が生い茂る山道を進み、静かな森の中にテントを張ると、心地よい静寂が辺りを包んだ。

日が暮れるまで焚き火を楽しみながら、ひとりでのんびりと過ごしていた。夜の帳が降りると、虫の鳴き声が次第に耳に響き、空には無数の星が輝き始めた。

夜も更け、火が小さくなり始めたころ、不意に山の向こうから「ゴォン…」と鈍い音が響いてきた。まるで鐘の音のような低い音が、山中に響き渡る。

（こんな山奥に鐘があるはずがない…）

そう思いつつも、僕は耳を澄ませた。だが、その音は一度だけで止み、また元の静寂が戻ってきた。少し不気味に感じたものの、疲れもあってそのまま眠りに入ることにした。

深夜、何かの気配を感じて目を覚ました。テントの中は真っ暗で、息を殺しながら耳を澄ますと、テントの外で「かさっ…かさっ…」と、まるで人が足を引きずるような音が聞こえる。

（誰かがこの時間に…？）

僕は息を潜め、音が過ぎ去るのを待つ。だが、音は近づいたり遠ざかったり、まるで僕の周りをうろつくように続いていた。そして、かすかな囁き声が風に乗って耳に届いた。

「帰り道…見つけられるか…？」

その声は、どこかしら遠くからのようにも、すぐそばで囁いているようにも感じられ、僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。怖くてテントの外を確認する勇気もなく、僕はただじっと身を縮こませ、声が消えるのを待った。

やがて、音も声も消え、また静寂が戻ってきた。朝が来るのを待ちながら、僕はほとんど眠れぬまま夜を明かした。

翌朝、太陽が昇り、ようやく恐怖が薄れた僕はテントを畳んで山を下りることにした。だが、道を戻ろうとするも、どれだけ歩いても自分の位置が分からなくなっていた。目印にしたはずの木も見つからない。まるで山が僕を迷わせているような感覚だった。

ふと、頭の中で昨夜の囁きがよみがえった。「帰り道…見つけられるか…？」

冷や汗を流しながら必死に進むうち、やがてぼんやりと見覚えのある山道にたどり着き、どうにか麓に降りることができた。

だが、それからも僕はときどき、ふいにどこかで「ゴォン…」という音が耳に聞こえる気がする。その度にあの夜の囁きが頭をよぎり、僕は二度とあの山には行かないと固く決意したのだった。