怪奇探偵社の報告書

隠された過去

「最近、この家を買おうと思ってるんですけど、どうも様子が変なんです。」

依頼人の佐藤さんは、郊外にある一軒家の購入を検討していたが、その家に関する違和感を抱いていた。彼が気にしているのは、家そのものではなく、周囲の住民たちだった。

「みんな親切すぎるんです。普通はもう少し距離を取ると思うんですけど、初対面なのに妙に馴れ馴れしいし、私にこの家を買わせようと必死なんですよ。何か隠してるんじゃないかって、勘ぐっちゃいますよね。」

僕とMは、その話を聞きながら頷いた。確かに不自然に親切な人たちには警戒心を抱くものだ。何かが裏にあるかもしれない。

「まあ、僕らの仕事柄、すぐに疑ってかかるのが癖ですけど…確かにその住民たちの振る舞いは気になりますね。」

僕はメモ帳を片手に、佐藤さんの話に耳を傾けた。

「で、その家には何か他に問題があるんですか？過去に事故があったとか、そういう話は聞いてますか？」

佐藤さんは首を横に振った。

「いえ、特にそういう話は聞いてないんです。内見もしましたけど、建物も古くはありますが、特に問題はなさそうです。ただ、近所の人たちのことがどうしても引っかかってて…。」

「なるほど…わかりました。まずはその家と周辺の住民について、もう少し詳しく調べてみます。」

翌日、僕とMは問題の一軒家を訪れた。周囲には古い家が立ち並び、穏やかな郊外の雰囲気が漂っていた。最初に気づいたのは、住民たちが庭で作業をしている様子だった。全員が気さくに挨拶をしてくる。

「こんにちは！今日もいい天気ですね。何かお手伝いしましょうか？」

話しかけてきたのは、50代くらいの女性だった。顔にはにこやかな笑みが浮かんでいる。

「いえ、ちょっと家を見に来たんです。」

僕が答えると、女性は興味深そうに僕らを見つめた。

「あら、あの家を買うのかしら？いい物件よ。静かで、住みやすいところだし、ご近所さんもみんな親切よ。」

「ありがとうございます、少し考えてみます。」

一度その場を離れると、僕はMに視線を送った。

「どう思います？やけに話がスムーズすぎませんか？」

Mは少し考えてから答えた。

「確かに親切すぎるかもしれないな。これが本当に自然なものか、それとも何か隠そうとしているのか、もう少し調べる必要がありそうだな。」

その後、僕たちは周辺の住民に聞き込みを続けたが、どの住民も口を揃えて「あの家は素晴らしい」「何の問題もない」と言うばかりだった。だが、彼らの言葉にはどこか不自然な響きがある。

その日の調査を終え、事務所に戻った僕とMは、集めた情報をまとめながら、依頼人である佐藤さんに報告を行った。

「表向きでは、どの住民も非常に好意的で、その家に問題がないと言っています。ただ、僕たちが気になったのは、全員が揃って同じことを言っていることです。」

僕がそう告げると、佐藤さんは少し眉をひそめた。

「同じこと…ですか？」

「ええ。まるで台本でもあるかのように、どの住民も『何の問題もない』『素晴らしい家だ』と言っていました。しかも、全員が家の購入を急かすような態度を見せていました。」

Mが少し表情を曇らせながら言葉を継いだ。

「通常、そんなに積極的に他人の家の購入を勧めるなんてことはありません。逆に、それが何か隠している可能性を示しているかもしれません。」

佐藤さんは考え込むようにうなずいた。

「確かに…引っかかりますね。でも、それが何なのか…？」

「私たちもまだ掴めていませんが、この地域には何かしらの秘密があると見ています。少し古い記録や土地に関する資料を調べてみる価値があるかもしれません。」

そうして僕たちは、家の過去や地域の歴史に関する公文書を調べることにした。調査が進むにつれ、ようやく隠されていた事実が明らかになってきた。

役所で手に入れた資料を広げながら、僕とMはその内容に目を通していた。その中で、僕はある異変に気付いた。

「この地域…一度、数十年前に大規模な事故があったみたいですね。ガス爆発で家屋が数軒倒壊したって記録があります。」

「倒壊した家の場所を確認してみてくれ。」

Mが冷静に指示を出し、僕は地図と照らし合わせながら確認を進める。

「…佐藤さんが購入を検討している家のすぐ近くです。もしかすると、倒壊した家があった場所かもしれません。」

その瞬間、僕たちはピンときた。住民たちが隠していたのは、この事故に関連する何かかもしれない。しかも、その地域一帯が再建され、新たな住民が入居していることも確認できた。

調査の結果、僕たちはこの地域に住む人々が、事故で失った家族や財産を隠蔽していたことを突き止めた。彼らはその事実を隠し、外部の人間に知られないようにしていた。家を売ることで新しい住民に来てもらい、自分たちの生活を維持しようとしていたのだ。

「なるほど、そういうことだったのか…。」

Mがつぶやく。佐藤さんにとって、この家の購入は非常にリスクのある選択だった。しかし、住民たちはその事実を知って欲しくなかったため、佐藤さんを急かし、家を買わせようとしていたのだ。

「佐藤さんには、この事実を伝えてどう判断するかはお任せするしかないですね。」

僕たちは、そう結論づけた。


数日後、佐藤さんと再度会い、僕たちは調査結果を報告した。佐藤さんは驚きと同時に、ほっとしたような表情を浮かべた。

「まさかそんなことがあったなんて…。でも、教えてくれてありがとうございます。もう少し考えてみます。」

僕とMはうなずき、依頼を無事に終えた。こうして、また一つの隠された真実が明るみに出たのだった。

依頼が無事に終わった数日後、僕たちはいつものように事務所で報告書のまとめ作業をしていた。Ｔも事務所に戻ってきて、僕たちが佐藤さんの件について話しているのを聞きつけたようだった。

「お疲れ！佐藤さんの家の調査、終わったんだって？どうだった？」

Ｔはお決まりの缶コーヒーを片手に椅子に座り、興味津々に聞いてきた。僕とMは視線を交わし、苦笑いを浮かべる。

「まぁ、いろいろあったよ。結局、事故の隠蔽ってやつだな。」

僕がさらりと答えると、Ｔは目を大きく見開いた。

「隠蔽？そんな大ごとになってたのか。俺がいたらもっと早く解決したかもな！」

「いや、それはどうだろうね。Ｔがいたら、もっとややこしくなってたかも。」

Mが軽く皮肉を言うと、Ｔは笑いながら肩をすくめた。

「それもあるかもな。で、佐藤さんは家を買うことにしたのか？」

「まだ検討中みたいだよ。結局、住民たちは事故のことを外に知られたくなかったらしくてね。だから、佐藤さんに家を急いで買わせようとしてたんだ。」

僕が説明すると、Ｔは深く考え込む様子を見せた。

「住民も必死だったんだろうな。自分たちの生活を守りたかったんだろう。でも、だからって隠すのはよくないよな。」

Ｔの言葉には、いつになく真剣な響きがあった。僕たちも同意してうなずく。

「そうだね。でも、佐藤さんにはちゃんと伝えたから、あとは彼がどう決めるかだよ。」

Mが言うと、Ｔは再びリラックスした表情に戻り、缶コーヒーのプルタブを開けた。

「俺だったら、そんな家絶対買わないけどな！事故物件とか、ちょっと怖いだろ？」

「Ｔらしいね。でも、事故物件って、必ずしも悪いものばかりじゃないよ。むしろ、住み心地がいい場合もある。」

僕が冗談混じりに言うと、Ｔは笑いながらコーヒーを飲んだ。

「お前、そういうこと真顔で言うのやめろって！俺が泊まりに行けなくなるだろ！」

その日の夕方、僕たちは事務所の片隅で再び次の案件に取り組んでいた。Ｔが騒いでいる間にも、Mは落ち着いた態度で報告書を整理し、僕も次の依頼に備えていた。

「次の仕事もすぐ来そうだな。なんだか最近、忙しくなってきた気がするよ。」

僕が呟くと、Mは軽くうなずいた。

「仕事があるうちはいいことだ。お互い気を引き締めてやっていこう。」

その言葉に、Ｔはまた明るく笑った。

「そうだな！俺たちがいれば、どんな謎でも解決できるさ！」

僕たちは、そんなＴの言葉に微笑みながら、また日常の探偵業務に戻っていった。何があっても、僕たちの生活は変わらずに続いていくのだ。