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盗聴器
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「……盗聴器ですか?」
依頼人の女性が差し出した書類を読みながら、俺は再確認した。盗聴器の捜査。盗聴器が仕掛けられているという依頼は、何度か扱ったことがある。だけど、今回の依頼は何かが違っていた。
「そうです。何か、ずっと誰かに見られているような、聞かれているような気がして……」
依頼人の声はかすかに震えていた。探偵としてまだ新人の俺には、この緊張感が新鮮で、少しだけ胸が高鳴るのを感じていた。けれども、それ以上に背中に奇妙な寒気を覚えた。
「わかりました、すぐに調査を始めます」
そう答えると、俺は事務所に戻り、Mにこの件を報告した。Mは23歳で、この事務所で一番頼りになる先輩だ。彼は冷静で知識が豊富で、どんな難しい案件でも冷静に対処する。
「盗聴器か……まあ、普通に考えれば探知機で反応を確認して、取り外せばいいだけだな。簡単な仕事だ」
Mは興味なさそうに言いながらも、俺が依頼の詳細を伝えると、少しだけ眉をひそめた。
「でも、何かおかしいんだよな。依頼主が言ってた、『誰かに見られている』って感覚が妙にリアルでさ。盗聴器を疑うのは自然だけど、物理的なものだけじゃないような気がする」
「お前、まだ新人なんだから、あんまり深読みするなよ」と笑いながらMが言ったその時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「よー、何の話してんだ?」
現れたのはTだった。21歳の先輩で、この事務所のムードメーカー兼トラブルメーカー。彼はいつも軽いノリで場を盛り上げるが、その行動が予測不能なことが多い。今日も突然現れたかと思えば、何の前触れもなく俺たちの話に首を突っ込んできた。
「盗聴器捜査だよ。依頼が入ったんだ」
「ほほう、面白そうじゃん!俺も手伝うよ」
「いや、別にいいけど……」
Tが手伝うと言ったところで、いつも何かが上手くいかない気がする。けれど、MはそんなTをうまく利用するのが得意だ。
「まあ、Tがいても悪くないだろう。現場で何か問題が起きたら、適当に動いてもらえればいい」
そんなこんなで、俺たちは三人で依頼人の家へ向かうことになった。
依頼人の家に到着したとき、最初に感じたのは「音がない」という違和感だった。静かすぎる。郊外の住宅地にしては妙に静かで、不自然に思えた。何かが見えないまま、こちらをじっと観察しているような感覚。
「ここだな……。妙に静かだな。嫌な感じがする」
Mが低くつぶやく。
俺もその言葉に同意した。ドアを開けた瞬間に、まるで部屋全体が息をひそめているかのような圧迫感があった。足を踏み入れた瞬間から、周囲の空気がぐっと重くなり、音が一切消えたように感じる。
「盗聴器があるなら、探知機が反応するはずだ」
Mが探知機を手に取り、部屋を一通りチェックし始める。Tも興味津々でその様子を眺めている。俺は黙ってその背後から見守っていた。
「……ん?反応がある」
Mが立ち止まり、探知機のモニターを見つめた。しかし、そこには物理的な盗聴器など、何一つ存在しない。
「でも……ないな」
Mが眉をひそめる。その表情に、俺はまた背筋に寒気を感じた。これはただの盗聴器の捜査じゃない――そう直感した瞬間、Tがぽつりとつぶやいた。
「これ、ただの盗聴器捜査じゃなくね?」
「反応はあるのに、物が見当たらない……?」
Mの声にはいつになく戸惑いが混ざっていた。冷静な彼にしては珍しい反応だ。俺はその顔を覗き込んだが、モニターの数値はしっかりと盗聴器の存在を示していた。それなのに、部屋中どこを探しても、何も見つからない。
「おかしいな。確かに反応があるんだが、盗聴器が仕掛けられている形跡がない。通常なら、家具の隙間とか天井裏にあるはずだが……」
Mは再び探知機を構え、今度は慎重に壁や床の近くを調べ始めた。Tも「なんか怪しいなー」と言いながら、部屋を見回している。しかし、Tの無邪気な言葉の裏にも、俺たちが感じている不気味さが滲んでいた。
部屋の広さはほどほどで、家具もほとんど置かれていない。普通なら音が響くような作りだが、この部屋は異様に静かだった。いや、違う。静かすぎる。まるで音がどこかに吸い込まれていくような感じ。風もないのに、窓の外の世界が遠く感じる。そんな感覚が、俺たち三人を包み込んでいた。
「おいおい、これってまさか……」
Tが何か言いかけた瞬間、俺はその違和感に気づいた。彼の声が、どこかくぐもって聞こえたのだ。普段ならTの声は明るくて、どんな場所でも響くはずだ。しかし今、彼の言葉はまるで壁に跳ね返ることなく、じっとりとした空気に飲み込まれていく。
「無響の部屋だ」
Mがぽつりとつぶやいた。その瞬間、部屋の静けさが一層深まったように感じた。
「無響の部屋……?なんだ、それ」
俺が聞き返すと、Mは一度肩をすくめ、俺に向き直った。表情は変わらないが、その目には明らかに緊張感が宿っていた。
「都市伝説だよ。知ってるか?ある部屋に入ると、音が消える。いや、音だけじゃなく、存在そのものが吸い込まれるように消えるって話だ。誰がその部屋を作ったのかも、どうやって音を消しているのかも分からない。ただ、確実に存在しているという証拠は残っている。昔、その部屋に入った者は二度と外に出られなかったという噂だ」
Mの冷静な説明を聞きながら、俺はぞくりと背筋に寒気を感じた。普段は全くそういった噂話に興味を示さないMが、真剣な顔でそんな話をしていること自体、異常だった。
「で、で、それがこの部屋ってわけか?……いやいや、冗談だろ」
Tが笑いながら言ったが、その声もどこか頼りなかった。笑い声すら、この部屋の中ではかき消されるように、ほとんど響かない。
「冗談かどうかはわからないが、確かにこの部屋には何かがある。盗聴器が反応するのも、単なる物理的な問題じゃない。これはもっと……得体の知れない何かだ」
Mは再び探知機を持ち上げ、部屋の中央に歩み寄った。その動きに合わせて、Tも俺も無言のまま彼の後に続く。部屋の中央に立った瞬間、今まで以上に強烈な圧迫感が襲ってきた。息をするのも難しいほど、空気が重い。
「ここだ」
Mが言った。探知機の反応が最も強い場所――それは部屋の中央だった。何もない、ただの床の上。そこには家具もないし、隠しカメラが仕込まれているわけでもない。ただ、何かがそこに「存在」しているのを感じる。
「これって……」
俺が言いかけたその瞬間、突如として部屋全体が微かに揺れた。揺れというよりも、空気が震えたような感覚だ。俺たちは一斉に息をのんだ。
「何かいる」
Tが震えた声で言った。さっきまでの軽口が一切なくなり、彼もまたこの異常事態に気づいたのだ。
「無響の部屋。音が消える部屋。その部屋に入ると、音だけでなく人も……」
Mが言葉をつなげる前に、急に探知機が異常な音を発した。その音すら、すぐにかき消された。
「これ以上、ここにいるのは危険だ。調査を一旦中断しよう」
Mが短く言い放ち、俺たちは慌てて部屋を出た。振り返ると、部屋の扉が重々しく閉まり、再び静寂が戻っていた。
俺たちは外に出てからもしばらく、沈黙したままだった。無響の部屋……音が消えるだけならまだしも、あの異様な圧迫感や、Tの言った「何かいる」という感覚。それが何を意味するのか、考えれば考えるほど不安が募る。
「おい、T、大丈夫か?」
MがTに声をかける。さっきまでのTは、何か冗談を言って空気を和ませようとするいつものムードメーカーだったはずなのに、今は明らかに顔色が悪い。
「……ああ、大丈夫。ちょっと、背中がぞわっとしてただけ」
Tは無理に笑顔を作ろうとしたが、その声には明らかに恐怖が混ざっていた。俺も無理はないと思う。あの部屋は、ただの盗聴器捜査では片付けられない異常な空間だった。
「このまま帰るわけにもいかないだろう。依頼人に調査結果を報告する義務がある」
Mの声はいつもの冷静さを保っていたが、明らかに慎重になっているのが分かった。俺も、Tも、正直なところもう一度あの部屋に戻るのは躊躇する。しかし、依頼は依頼だ。俺たちは探偵として仕事を完遂しなければならない。
「……もう一度調べるか」
重い沈黙を破ったのはMだった。彼はポケットから探知機を取り出し、再び家の中へと戻る準備を始める。
「ちょっと待てよ、M。本当にもう一度入るのか?」
Tが眉をひそめる。その表情からは、明らかな不安が感じられた。しかしMは首を振りながら言った。
「依頼人の期待に応えなければならない。しかも、この状況はただの盗聴器どころか、もっと深刻な問題かもしれない。音が消えるってことは、何かが音を“奪っている”ということだ。無響の部屋の正体を解明しない限り、依頼人も不安が拭えないだろう」
Mの言葉には確信があった。確かに、音が消えるという現象自体が尋常ではない。もし何か物理的な原因であれば、探偵としてそれを解明する責任がある。
「でもさ、M……もし本当に都市伝説みたいなものが関わってたら、俺たちじゃ手に負えないんじゃないか?」
Tの言葉はもっともだった。都市伝説が現実に絡む時、それは人間の理屈では解明できないことが多い。だが、MはそんなTの言葉に対しても冷静だった。
「まあ、確かに。だけど、まずは理屈で説明できる部分を解明しなければ何も始まらない」
Mが強く言うと、Tはしぶしぶ頷いた。そして、再び俺たちはあの部屋へと足を踏み入れる決意を固めた。
再び扉を開けると、先ほど感じた異常な静けさがすぐに戻ってきた。あの重々しい空気感が、また俺たちを包み込んでいる。まるで外の世界とは切り離されたかのように。
「ここだな」
Mが中央の床を指差す。探知機の反応は再び強くなり、その数字は次第に異常なまでに高まっていった。俺はじっとその場所を見つめた。何もないはずの床――そこにあるのはただの木製の床板だ。しかし、その下には何かが「潜んでいる」としか思えなかった。
「床の下を調べるべきだな。もしかしたら、何か隠し部屋や仕掛けがあるのかもしれない」
Mが慎重に言いながら、床を軽く叩いた。すると、かすかな反響音が返ってくる。確かに、そこには空間がある。だが、その反響音もすぐに消えてしまった。まるで、音そのものが「吸い込まれる」かのように。
「な、なんだこれ……」
俺が言葉を発するのとほぼ同時に、部屋全体が再び微かに揺れた。空気が震えるような、静かな地震のような揺れだ。目には見えないが、確かに「何か」がこの空間を歪ませている。
「どうやら床の下だけじゃないな。部屋そのものが、音を奪っている……」
Mはつぶやきながら、探知機を手に、さらに部屋の隅々を調べ始めた。反応は一定して強く、部屋全体に広がっていることが分かった。
「これ、まさか部屋そのものが盗聴器ってことか?」
Tが冗談めかして言ったが、俺はその言葉に思わず震えた。音を奪う部屋、無響の部屋。その正体がもし、「人の存在そのものをも奪う」何かであるなら――
「一旦、ここを離れて調査をまとめよう。すぐには結論を出せないが、何か大きな手がかりが掴めたはずだ」
Mの冷静な指示で、俺たちは再び部屋を後にした。だが、背中にはまだあの異常な静けさが纏わりついている。
事務所に戻ってからも、俺たちは誰も口を開かなかった。あの部屋で感じた異様な静けさと圧迫感が、今も頭の中に残っている。それをどう言葉にすればいいのか、俺自身も分からなかった。
「やっぱり、ただの盗聴器なんかじゃないよな」
ようやくTが重い口を開いた。その顔には、さっきの恐怖がまだ消えきっていない。
「そうだな。あれは普通の盗聴器の反応じゃない。もっと根本的に違う何かが関わっている」
Mも椅子に深く腰掛けながら、少し考え込むように言った。彼の顔にも疲労が見えるが、それでも冷静な判断を失ってはいない。
「でも、盗聴器が仕掛けられているという依頼そのものが間違いだったわけじゃない。実際に反応があったんだ。問題は、反応があったにもかかわらず、それが見つからなかったことだ」
俺は自分の中で整理しながら、そう言葉にした。そうだ、盗聴器は確かに存在するはずなのに、その姿は見当たらなかった。しかも、あの音を吸い込むような部屋の異常性……。
「そうだな。ただ、俺たちは現象だけを追っていて、本当の意味でその部屋の背景を理解していなかったかもしれない」
Mがポケットからスマートフォンを取り出し、何かを調べ始めた。彼の表情は相変わらず冷静だが、その目は鋭い。
「その部屋の過去について、何か情報があるかもしれない。少し調べてみる必要がありそうだ」
俺もTも頷き、Mが画面を操作するのを黙って見守った。彼は無言で調べ続け、数分後、画面に何かを見つけたように顔を上げた。
「どうやら、この家には過去に奇妙な噂があったらしい。家の中で、音が消えるという体験をした住人が何人かいる。さらに、過去にこの家に住んでいた人物が突然失踪したという記録もある。どうやら、その人が最後に目撃されたのは、例の部屋だったらしい」
「失踪……?」
俺は驚きを隠せなかった。盗聴器どころか、人が消えるという事態にまで発展しているなんて思いもしなかった。
「そう。音が消えるだけじゃなく、人そのものが消えたという話だ。それも一人や二人じゃない。何度も同じような事件が繰り返されている」
Mの話に、俺もTも言葉を失った。過去の住人たちが突然消えたという事実――それがあの無響の部屋と関わっているとしたら、単なる怪奇現象以上の意味がある。
「これ、ただの都市伝説どころじゃなくないか……?」
Tが声を震わせながら言った。普段は冗談ばかり言っている彼も、さすがにこの状況には恐怖を隠せない。
「ただの都市伝説として片付けるには、あまりにも具体的すぎる。それに、失踪者の件が公式に記録されている以上、何かしらの異常がその部屋に存在していると考えたほうが自然だ」
Mが淡々と語る。彼の冷静さに少し救われる気もするが、それでもこの状況の異常さは変わらない。
「でもさ、そんな部屋が今まで放置されてたってのもおかしいよな。誰かがもっと早く気づいてもよさそうなもんだが……」
俺が疑問を口にすると、Mは静かに頷いた。
「確かにそうだ。しかし、これまでの住人たちは皆、異常なほどこの部屋の話を外部に漏らさないようにしていたらしい。恐怖心からか、それとも何か別の理由があるのか……いずれにせよ、我々が調べなければならないのは、この家そのものの過去だ」
Mがそう言いながら、さらに過去の記録を調べると、その家が建てられた当初の持ち主に行き着いた。その人物はある著名な音響技術者だった。音に関する様々な研究をしており、彼の理論を応用した特殊な実験が行われていたという。
「その技術者が何らかの目的で、この部屋を作った可能性が高いな。無響の部屋……もしかすると、彼が音を完全に封じ込めるために作り上げた空間なのかもしれない」
Mの言葉に俺はハッとした。音を封じ込める空間――その理論が何らかの形で暴走し、人々を巻き込んだのだろうか。音が消える部屋が、音だけでなく、存在そのものを消し去る……。
「でも、それがどうして盗聴器の反応と結びつくんだ?」
Tが疑問を投げかけた。確かに、無響の部屋と盗聴器との関連性はまだ解明されていない。
「そこが謎だ。ただ、何かの干渉があることは間違いない。音を奪う部屋と、何らかの機器が共鳴しているのかもしれない」
Mが真剣な表情で答えると、俺たちは再びその部屋に戻る決意を固めた。過去の失踪事件、音響技術者の影、そして無響の部屋――すべての謎を解くために。
再びあの家に戻ったとき、夕暮れがその暗い影を伸ばし始めていた。夕日が沈むにつれ、無響の部屋の不気味さが増していくような気がする。俺たちは改めて玄関をくぐり、依頼人に簡単な報告を済ませた。これが最後の調査になるはずだと伝え、Mと俺、そしてTの3人で、再びあの部屋に向かった。
「……本当に大丈夫か、M? さっきの異常な感じ、まだ忘れられないんだが」
Tは何度も落ち着かない様子で背中を振り返る。彼が言う通り、俺たち全員が無響の部屋の異様さを感じ取っている。だが、依頼を受けた以上、逃げるわけにはいかない。俺も恐怖は拭えないが、探偵としての責任を感じ、無理やり気を引き締めた。
「大丈夫だ。もし何か異常があったとしても、冷静に対処すればいい」
Mはいつも通り冷静な表情を保ちながら、ポケットから何かの装置を取り出した。それは高感度の音響測定機器だった。今回の調査は、単に盗聴器を探すだけでなく、部屋そのものの異常を探るためのものだった。
「まず、この装置で部屋の音響反応を調べる。もし音が消えているなら、それに応じた反応があるはずだ」
Mは装置を起動し、無響の部屋の中心にゆっくりと進んでいく。俺とTは少し距離を取って後に続いた。部屋のドアを開けた瞬間、再びあの独特な静けさが俺たちを包み込む。まるでこの空間だけが、外の世界から隔離されているような感覚だ。
「やっぱり……音が消えてるな」
Mが装置を見ながら呟いた。画面には、異常なまでの無音が記録されている。普通なら微かな雑音や外界の音が拾われるはずだが、この部屋ではそれが一切ない。無音――まるで時間さえも止まっているかのようだ。
「これってさ、本当に盗聴器が原因なのか? 俺、ちょっと怖くなってきたんだが」
Tが顔をしかめながら言う。その気持ちは痛いほど分かる。だが、MはそんなTに対して落ち着いた口調で言った。
「盗聴器だけじゃない。何かもっと根本的な問題があるんだろう。この部屋そのものに」
Mがそう言い終わる前に、装置が微かに振動を始めた。俺たち全員がその音に反応して、Mの手元に目を向けた。
「……反応が強くなってきた。やっぱりこの部屋だ」
Mはそう言いながら、さらに部屋の中央に進む。俺たちは息を殺して、彼の動きを見守った。装置が示す数字はどんどん上がり、音が完全に消えた領域に到達したことを示している。
「おかしい。音が消えているはずなのに、何かが“響いている”ような感覚がある」
Mの言葉に、俺もTも驚いた。音が消えているにもかかわらず、何か見えない存在がこの空間で響いているという感覚――それは普通ではあり得ない現象だ。
「……ねぇ、ちょっと待ってくれ」
Tが突然声を上げ、壁の一部を指差した。
「なんだ、T?」
「ここ、なんか変じゃないか? 壁が……歪んでるように見えるんだ」
俺とMがその方向に目を向けると、確かに壁の一部がわずかに波打っているように見えた。最初は目の錯覚かと思ったが、じっと見つめると、やはりその部分だけが微妙に揺れている。まるで、壁の向こう側に何かが隠れているかのような――。
「これは……ただの構造的な問題じゃないな」
Mが慎重に言いながら、そっとその壁に触れた。だが、その瞬間、部屋全体が微かに震え始めた。
「おい、何だこれ……!?」
Tが怯えた声を上げる。俺も思わず身構えたが、揺れはすぐに収まった。だが、その後に訪れたのは、今までにないほどの静寂だった。まるで、俺たち自身の呼吸音すらも吸い込まれてしまうような、異常な無音。
「どうやらこの部屋は、音だけでなく、空間そのものを歪めている可能性がある。まるで……存在そのものを奪うかのように」
Mがそう言った瞬間、突然装置が大きな警告音を発した。俺たちは驚いてその場に立ち尽くす。何が起こっているのか、理解する暇もなく――。
「出ろ、すぐにこの部屋を出るんだ!」
Mが叫び、俺たちは慌てて部屋のドアに向かって駆け出した。ドアを開けると、そこにはさっきまで感じていた異様な圧迫感が嘘のように消え去り、外の世界の空気が俺たちを包んだ。
「なんだ……一体、今のは何だったんだ?」
Tが息を切らせながら尋ねる。俺も理解しようと必死だったが、頭がついていかない。
「まだ分からない……でも、確実に何かがあの部屋には潜んでいる。盗聴器以上の、もっと恐ろしい何かが」
Mの言葉に、俺もTも頷くしかなかった。あの無響の部屋に隠された真実――それはまだ解明されていないが、確実に手がかりは掴んだ。
「次で終わらせるぞ。この調査を」
Mの決意に満ちた言葉が、俺たちの緊張感を一層引き締めた。そして、俺たちは再び無響の部屋に戻る準備を整え始めた。
俺たちは再び無響の部屋に向かっていた。今回が最後の調査だという気持ちを固めつつ、それぞれの心に不安と決意が交錯する。部屋の異常な反応を確かめ、背後に潜む真相に迫る準備はできていた。だが、それがどれだけ恐ろしいものなのか、誰も予想することはできなかった。
「M、本当に大丈夫か? あの壁が歪んでたのって、どう考えても普通じゃないだろ」
Tがまたも不安そうに尋ねる。彼の声は震えていたが、それでも引き返す気はないようだった。
「心配するな。今回は装置をもっと精密に設定した。これで何か異常があれば、すぐに感知できるはずだ」
Mは冷静に答えながら、再びポケットから音響測定装置を取り出す。俺もTもその場で深呼吸をし、気を落ち着かせようとした。やがて、無響の部屋のドアが目の前に現れる。
「行くぞ」
Mが軽く息を吐き、ドアを開けた。その瞬間、再び異常な静寂が俺たちを包み込む。音が吸い込まれ、何もかもが消え去ったような感覚――だが、今回は違う。俺たちには何が起こっているのか、ある程度の見当がついていた。
「装置を起動するぞ」
Mが言いながら装置を作動させると、再び部屋の音響反応が記録され始めた。無音が続く中、装置の表示は異常な反応を示していた。それは、普通の部屋では考えられないレベルの異常さを物語っている。
「見ろ、この数値……音だけじゃなく、空間の歪みまで感知している」
Mは驚きとともに装置を見つめていた。俺もTもその数値を見て、言葉を失った。無響の部屋はただの音響現象を超え、物理的な空間すら捻じ曲げていたのだ。
「まるで、この部屋が異次元に繋がっているようだ……」
俺は思わず呟いた。音を奪うだけでなく、存在そのものをも飲み込んでしまうような、この異常な空間。その時、装置が再び激しく反応し始めた。Mが壁に向かって歩み寄る。
「この壁だ……何かが、ここの向こう側にある」
Mが壁に手をかけた瞬間、再び部屋全体が揺れ始めた。俺たちは思わず身を引いたが、Mはそのまま冷静に壁を叩き、異常な音の変化を探っていた。
「やはり、ここに何かある」
Mがそう言った瞬間、壁の一部が不気味に振動し始めた。まるで何かが中で蠢いているかのように――俺たちは息を飲み、後ずさりした。その瞬間、壁が突然パカッと開き、そこには何もない空間が広がっていた。
「これは……」
Mが驚きの声を漏らす。俺たちはその開いた空間を覗き込んだが、そこにあるのは無限に広がる闇だった。まるで底が見えない深淵のような――音も光も吸い込まれていくような空虚。
「盗聴器なんかじゃない……この部屋自体が、何かの異次元と繋がっているんだ」
俺は自分の言葉に驚きつつも、それが正しいと感じた。無響の部屋はただ音を吸い込むだけではなく、物理的に空間を歪め、別の次元に繋がっている。盗聴器の反応は、おそらくその歪みによるものだ。
「……これが、この家で人が消える理由か」
Mが冷静に言い放つ。過去の住人たちが消えたのは、この空間が音だけでなく、存在そのものを吸い込んでいたからだ。音を奪い、存在をも消し去る――無響の部屋の正体は、まさに都市伝説を超えた現実だった。
「早く出よう……ここに長くいれば、俺たちも……」
Tが怯えた声で叫ぶ。その恐怖は当然だ。もしこの空間が音だけでなく、俺たちの存在も吸い込もうとしているなら、ここにとどまるのは危険すぎる。
「待て、何かが……」
Mが装置に目をやり、さらに強く反応する異常な数値に気づいた。何かがこの空間に干渉している。俺たちは息を飲みながら、壁の奥の闇を見つめた。
すると、闇の中からかすかな音が響いてきた。それは、人の声のようだった。かすかな囁きが耳に届く――まるで、過去にこの部屋で消えた者たちの声が、闇の向こう側から呼びかけているかのように。
「誰かが……そこにいる」
俺たちはその声に凍りついた。まさか、過去に消えた人々が今もそこにいるのか? その瞬間、俺たちは再び逃げ出した。後ろを振り返ることなく、無響の部屋の外へ飛び出した。
あの「無響の部屋」から無事に戻って数日が経過した。俺たちは何とか調査を終えたが、解決と言えるのかどうかは微妙だった。結局、あの空間の正体や、そこにいた「何か」について、はっきりしたことは何もわからないままだった。
「どうするんだ、これから」
俺は探偵事務所のいつものデスクで、ふとつぶやいた。Mは黙って書類をまとめている。無響の部屋についての報告書だ。依頼人に報告するための内容だが、どこまで正確に伝えられるのか、俺には不安が残っていた。
「正直、依頼人には全部は話さない方がいいだろうな」
Mが顔を上げて言った。彼の声にはいつもの冷静さが戻っている。
「音が消えてる原因は特定できなかったが、盗聴器が見つからなかったことも含めて、物理的な問題はないと報告するしかない。あの異次元のことなんて、普通の人には理解できないし、伝える必要もない」
俺も頷いた。あの部屋に隠された異常は、普通の感覚では理解できないし、下手に伝えれば疑われるだけだ。依頼人には「部屋に盗聴器はなく、物理的な異常もない」とだけ報告することにした。
「まぁ、都市伝説としては面白いけどな。『音を消す無響の部屋』なんて、噂になれば興味を引くだろう」
Tが笑いながらソファに寝そべり、天井を見上げている。彼はあの出来事を、どこか半分冗談のように捉えているようだったが、確かにあの部屋は都市伝説のような不思議な場所だった。
「あの家の住人はどうするんだろうな? この先、あの部屋を放置していて大丈夫なのか?」
俺の問いに、Mは少し考え込んだあとで言った。
「おそらく、誰も気づかないだろう。あの現象は普通の生活では表には出てこない。少なくとも、音が消える以外に危険はないはずだ。盗聴器の心配もないし、生活に支障はないだろう」
確かに、無響の部屋が普通の生活に影響を与えることは少ないかもしれない。だが、それでも俺たちはあの異次元の空間に触れた事実を忘れることはできなかった。何かが、あの部屋の向こう側で俺たちを見つめているような気がしてならなかった。
「しかし、何だったんだろうな、あの声。まるで……」
Tが思い出すように呟く。俺たちも同じ疑問を抱えていた。あの無響の部屋の闇の中で聞いた囁き――あれが誰のものだったのか、何を意味していたのか、結局わからなかった。
「過去に消えた人たちの声だったのかもしれないな」
Mは静かに言った。まるでそれが当然のことのように。俺たちはしばし黙り込み、あの不気味な静寂と囁きを思い出していた。
「まぁ、深く考えすぎるのもよくないだろ。俺たちは現実に戻ってきたんだ。あれはただの一つの事件だ」
俺はそう自分に言い聞かせるようにして、無理やり笑顔を作った。
「そうだな。事件は解決した。俺たちには次の仕事が待っている」
Mもその言葉に同意し、再びデスクに向かって仕事を再開した。探偵事務所に持ち込まれる依頼は次から次へとやってくる。俺たちはまた日常に戻り、新しい調査を始めなければならない。
だが、ふと、俺の胸の奥に不安がよぎった。あの無響の部屋が、この世にもう一つ、いや、もっと存在しているとしたら? もし、あの異次元のような空間が他の場所でも広がっているとしたら――。
「おい、ボーっとしてるとまた次の事件に巻き込まれるぞ」
Tが笑いながら俺の肩を叩く。その瞬間、俺は不安を振り払い、再び前を向いた。
「わかってるよ。さぁ、次の依頼に行こう」
そう言って俺たちは、またいつもの探偵の日常に戻っていった。無響の部屋の記憶は、都市伝説の一つとして、心の奥底にしまい込むことにした。
だが、忘れられるわけではない。いつかまた、同じような依頼が舞い込んだ時――俺たちは再び、その謎に立ち向かうことになるかもしれない。
依頼人の女性が差し出した書類を読みながら、俺は再確認した。盗聴器の捜査。盗聴器が仕掛けられているという依頼は、何度か扱ったことがある。だけど、今回の依頼は何かが違っていた。
「そうです。何か、ずっと誰かに見られているような、聞かれているような気がして……」
依頼人の声はかすかに震えていた。探偵としてまだ新人の俺には、この緊張感が新鮮で、少しだけ胸が高鳴るのを感じていた。けれども、それ以上に背中に奇妙な寒気を覚えた。
「わかりました、すぐに調査を始めます」
そう答えると、俺は事務所に戻り、Mにこの件を報告した。Mは23歳で、この事務所で一番頼りになる先輩だ。彼は冷静で知識が豊富で、どんな難しい案件でも冷静に対処する。
「盗聴器か……まあ、普通に考えれば探知機で反応を確認して、取り外せばいいだけだな。簡単な仕事だ」
Mは興味なさそうに言いながらも、俺が依頼の詳細を伝えると、少しだけ眉をひそめた。
「でも、何かおかしいんだよな。依頼主が言ってた、『誰かに見られている』って感覚が妙にリアルでさ。盗聴器を疑うのは自然だけど、物理的なものだけじゃないような気がする」
「お前、まだ新人なんだから、あんまり深読みするなよ」と笑いながらMが言ったその時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「よー、何の話してんだ?」
現れたのはTだった。21歳の先輩で、この事務所のムードメーカー兼トラブルメーカー。彼はいつも軽いノリで場を盛り上げるが、その行動が予測不能なことが多い。今日も突然現れたかと思えば、何の前触れもなく俺たちの話に首を突っ込んできた。
「盗聴器捜査だよ。依頼が入ったんだ」
「ほほう、面白そうじゃん!俺も手伝うよ」
「いや、別にいいけど……」
Tが手伝うと言ったところで、いつも何かが上手くいかない気がする。けれど、MはそんなTをうまく利用するのが得意だ。
「まあ、Tがいても悪くないだろう。現場で何か問題が起きたら、適当に動いてもらえればいい」
そんなこんなで、俺たちは三人で依頼人の家へ向かうことになった。
依頼人の家に到着したとき、最初に感じたのは「音がない」という違和感だった。静かすぎる。郊外の住宅地にしては妙に静かで、不自然に思えた。何かが見えないまま、こちらをじっと観察しているような感覚。
「ここだな……。妙に静かだな。嫌な感じがする」
Mが低くつぶやく。
俺もその言葉に同意した。ドアを開けた瞬間に、まるで部屋全体が息をひそめているかのような圧迫感があった。足を踏み入れた瞬間から、周囲の空気がぐっと重くなり、音が一切消えたように感じる。
「盗聴器があるなら、探知機が反応するはずだ」
Mが探知機を手に取り、部屋を一通りチェックし始める。Tも興味津々でその様子を眺めている。俺は黙ってその背後から見守っていた。
「……ん?反応がある」
Mが立ち止まり、探知機のモニターを見つめた。しかし、そこには物理的な盗聴器など、何一つ存在しない。
「でも……ないな」
Mが眉をひそめる。その表情に、俺はまた背筋に寒気を感じた。これはただの盗聴器の捜査じゃない――そう直感した瞬間、Tがぽつりとつぶやいた。
「これ、ただの盗聴器捜査じゃなくね?」
「反応はあるのに、物が見当たらない……?」
Mの声にはいつになく戸惑いが混ざっていた。冷静な彼にしては珍しい反応だ。俺はその顔を覗き込んだが、モニターの数値はしっかりと盗聴器の存在を示していた。それなのに、部屋中どこを探しても、何も見つからない。
「おかしいな。確かに反応があるんだが、盗聴器が仕掛けられている形跡がない。通常なら、家具の隙間とか天井裏にあるはずだが……」
Mは再び探知機を構え、今度は慎重に壁や床の近くを調べ始めた。Tも「なんか怪しいなー」と言いながら、部屋を見回している。しかし、Tの無邪気な言葉の裏にも、俺たちが感じている不気味さが滲んでいた。
部屋の広さはほどほどで、家具もほとんど置かれていない。普通なら音が響くような作りだが、この部屋は異様に静かだった。いや、違う。静かすぎる。まるで音がどこかに吸い込まれていくような感じ。風もないのに、窓の外の世界が遠く感じる。そんな感覚が、俺たち三人を包み込んでいた。
「おいおい、これってまさか……」
Tが何か言いかけた瞬間、俺はその違和感に気づいた。彼の声が、どこかくぐもって聞こえたのだ。普段ならTの声は明るくて、どんな場所でも響くはずだ。しかし今、彼の言葉はまるで壁に跳ね返ることなく、じっとりとした空気に飲み込まれていく。
「無響の部屋だ」
Mがぽつりとつぶやいた。その瞬間、部屋の静けさが一層深まったように感じた。
「無響の部屋……?なんだ、それ」
俺が聞き返すと、Mは一度肩をすくめ、俺に向き直った。表情は変わらないが、その目には明らかに緊張感が宿っていた。
「都市伝説だよ。知ってるか?ある部屋に入ると、音が消える。いや、音だけじゃなく、存在そのものが吸い込まれるように消えるって話だ。誰がその部屋を作ったのかも、どうやって音を消しているのかも分からない。ただ、確実に存在しているという証拠は残っている。昔、その部屋に入った者は二度と外に出られなかったという噂だ」
Mの冷静な説明を聞きながら、俺はぞくりと背筋に寒気を感じた。普段は全くそういった噂話に興味を示さないMが、真剣な顔でそんな話をしていること自体、異常だった。
「で、で、それがこの部屋ってわけか?……いやいや、冗談だろ」
Tが笑いながら言ったが、その声もどこか頼りなかった。笑い声すら、この部屋の中ではかき消されるように、ほとんど響かない。
「冗談かどうかはわからないが、確かにこの部屋には何かがある。盗聴器が反応するのも、単なる物理的な問題じゃない。これはもっと……得体の知れない何かだ」
Mは再び探知機を持ち上げ、部屋の中央に歩み寄った。その動きに合わせて、Tも俺も無言のまま彼の後に続く。部屋の中央に立った瞬間、今まで以上に強烈な圧迫感が襲ってきた。息をするのも難しいほど、空気が重い。
「ここだ」
Mが言った。探知機の反応が最も強い場所――それは部屋の中央だった。何もない、ただの床の上。そこには家具もないし、隠しカメラが仕込まれているわけでもない。ただ、何かがそこに「存在」しているのを感じる。
「これって……」
俺が言いかけたその瞬間、突如として部屋全体が微かに揺れた。揺れというよりも、空気が震えたような感覚だ。俺たちは一斉に息をのんだ。
「何かいる」
Tが震えた声で言った。さっきまでの軽口が一切なくなり、彼もまたこの異常事態に気づいたのだ。
「無響の部屋。音が消える部屋。その部屋に入ると、音だけでなく人も……」
Mが言葉をつなげる前に、急に探知機が異常な音を発した。その音すら、すぐにかき消された。
「これ以上、ここにいるのは危険だ。調査を一旦中断しよう」
Mが短く言い放ち、俺たちは慌てて部屋を出た。振り返ると、部屋の扉が重々しく閉まり、再び静寂が戻っていた。
俺たちは外に出てからもしばらく、沈黙したままだった。無響の部屋……音が消えるだけならまだしも、あの異様な圧迫感や、Tの言った「何かいる」という感覚。それが何を意味するのか、考えれば考えるほど不安が募る。
「おい、T、大丈夫か?」
MがTに声をかける。さっきまでのTは、何か冗談を言って空気を和ませようとするいつものムードメーカーだったはずなのに、今は明らかに顔色が悪い。
「……ああ、大丈夫。ちょっと、背中がぞわっとしてただけ」
Tは無理に笑顔を作ろうとしたが、その声には明らかに恐怖が混ざっていた。俺も無理はないと思う。あの部屋は、ただの盗聴器捜査では片付けられない異常な空間だった。
「このまま帰るわけにもいかないだろう。依頼人に調査結果を報告する義務がある」
Mの声はいつもの冷静さを保っていたが、明らかに慎重になっているのが分かった。俺も、Tも、正直なところもう一度あの部屋に戻るのは躊躇する。しかし、依頼は依頼だ。俺たちは探偵として仕事を完遂しなければならない。
「……もう一度調べるか」
重い沈黙を破ったのはMだった。彼はポケットから探知機を取り出し、再び家の中へと戻る準備を始める。
「ちょっと待てよ、M。本当にもう一度入るのか?」
Tが眉をひそめる。その表情からは、明らかな不安が感じられた。しかしMは首を振りながら言った。
「依頼人の期待に応えなければならない。しかも、この状況はただの盗聴器どころか、もっと深刻な問題かもしれない。音が消えるってことは、何かが音を“奪っている”ということだ。無響の部屋の正体を解明しない限り、依頼人も不安が拭えないだろう」
Mの言葉には確信があった。確かに、音が消えるという現象自体が尋常ではない。もし何か物理的な原因であれば、探偵としてそれを解明する責任がある。
「でもさ、M……もし本当に都市伝説みたいなものが関わってたら、俺たちじゃ手に負えないんじゃないか?」
Tの言葉はもっともだった。都市伝説が現実に絡む時、それは人間の理屈では解明できないことが多い。だが、MはそんなTの言葉に対しても冷静だった。
「まあ、確かに。だけど、まずは理屈で説明できる部分を解明しなければ何も始まらない」
Mが強く言うと、Tはしぶしぶ頷いた。そして、再び俺たちはあの部屋へと足を踏み入れる決意を固めた。
再び扉を開けると、先ほど感じた異常な静けさがすぐに戻ってきた。あの重々しい空気感が、また俺たちを包み込んでいる。まるで外の世界とは切り離されたかのように。
「ここだな」
Mが中央の床を指差す。探知機の反応は再び強くなり、その数字は次第に異常なまでに高まっていった。俺はじっとその場所を見つめた。何もないはずの床――そこにあるのはただの木製の床板だ。しかし、その下には何かが「潜んでいる」としか思えなかった。
「床の下を調べるべきだな。もしかしたら、何か隠し部屋や仕掛けがあるのかもしれない」
Mが慎重に言いながら、床を軽く叩いた。すると、かすかな反響音が返ってくる。確かに、そこには空間がある。だが、その反響音もすぐに消えてしまった。まるで、音そのものが「吸い込まれる」かのように。
「な、なんだこれ……」
俺が言葉を発するのとほぼ同時に、部屋全体が再び微かに揺れた。空気が震えるような、静かな地震のような揺れだ。目には見えないが、確かに「何か」がこの空間を歪ませている。
「どうやら床の下だけじゃないな。部屋そのものが、音を奪っている……」
Mはつぶやきながら、探知機を手に、さらに部屋の隅々を調べ始めた。反応は一定して強く、部屋全体に広がっていることが分かった。
「これ、まさか部屋そのものが盗聴器ってことか?」
Tが冗談めかして言ったが、俺はその言葉に思わず震えた。音を奪う部屋、無響の部屋。その正体がもし、「人の存在そのものをも奪う」何かであるなら――
「一旦、ここを離れて調査をまとめよう。すぐには結論を出せないが、何か大きな手がかりが掴めたはずだ」
Mの冷静な指示で、俺たちは再び部屋を後にした。だが、背中にはまだあの異常な静けさが纏わりついている。
事務所に戻ってからも、俺たちは誰も口を開かなかった。あの部屋で感じた異様な静けさと圧迫感が、今も頭の中に残っている。それをどう言葉にすればいいのか、俺自身も分からなかった。
「やっぱり、ただの盗聴器なんかじゃないよな」
ようやくTが重い口を開いた。その顔には、さっきの恐怖がまだ消えきっていない。
「そうだな。あれは普通の盗聴器の反応じゃない。もっと根本的に違う何かが関わっている」
Mも椅子に深く腰掛けながら、少し考え込むように言った。彼の顔にも疲労が見えるが、それでも冷静な判断を失ってはいない。
「でも、盗聴器が仕掛けられているという依頼そのものが間違いだったわけじゃない。実際に反応があったんだ。問題は、反応があったにもかかわらず、それが見つからなかったことだ」
俺は自分の中で整理しながら、そう言葉にした。そうだ、盗聴器は確かに存在するはずなのに、その姿は見当たらなかった。しかも、あの音を吸い込むような部屋の異常性……。
「そうだな。ただ、俺たちは現象だけを追っていて、本当の意味でその部屋の背景を理解していなかったかもしれない」
Mがポケットからスマートフォンを取り出し、何かを調べ始めた。彼の表情は相変わらず冷静だが、その目は鋭い。
「その部屋の過去について、何か情報があるかもしれない。少し調べてみる必要がありそうだ」
俺もTも頷き、Mが画面を操作するのを黙って見守った。彼は無言で調べ続け、数分後、画面に何かを見つけたように顔を上げた。
「どうやら、この家には過去に奇妙な噂があったらしい。家の中で、音が消えるという体験をした住人が何人かいる。さらに、過去にこの家に住んでいた人物が突然失踪したという記録もある。どうやら、その人が最後に目撃されたのは、例の部屋だったらしい」
「失踪……?」
俺は驚きを隠せなかった。盗聴器どころか、人が消えるという事態にまで発展しているなんて思いもしなかった。
「そう。音が消えるだけじゃなく、人そのものが消えたという話だ。それも一人や二人じゃない。何度も同じような事件が繰り返されている」
Mの話に、俺もTも言葉を失った。過去の住人たちが突然消えたという事実――それがあの無響の部屋と関わっているとしたら、単なる怪奇現象以上の意味がある。
「これ、ただの都市伝説どころじゃなくないか……?」
Tが声を震わせながら言った。普段は冗談ばかり言っている彼も、さすがにこの状況には恐怖を隠せない。
「ただの都市伝説として片付けるには、あまりにも具体的すぎる。それに、失踪者の件が公式に記録されている以上、何かしらの異常がその部屋に存在していると考えたほうが自然だ」
Mが淡々と語る。彼の冷静さに少し救われる気もするが、それでもこの状況の異常さは変わらない。
「でもさ、そんな部屋が今まで放置されてたってのもおかしいよな。誰かがもっと早く気づいてもよさそうなもんだが……」
俺が疑問を口にすると、Mは静かに頷いた。
「確かにそうだ。しかし、これまでの住人たちは皆、異常なほどこの部屋の話を外部に漏らさないようにしていたらしい。恐怖心からか、それとも何か別の理由があるのか……いずれにせよ、我々が調べなければならないのは、この家そのものの過去だ」
Mがそう言いながら、さらに過去の記録を調べると、その家が建てられた当初の持ち主に行き着いた。その人物はある著名な音響技術者だった。音に関する様々な研究をしており、彼の理論を応用した特殊な実験が行われていたという。
「その技術者が何らかの目的で、この部屋を作った可能性が高いな。無響の部屋……もしかすると、彼が音を完全に封じ込めるために作り上げた空間なのかもしれない」
Mの言葉に俺はハッとした。音を封じ込める空間――その理論が何らかの形で暴走し、人々を巻き込んだのだろうか。音が消える部屋が、音だけでなく、存在そのものを消し去る……。
「でも、それがどうして盗聴器の反応と結びつくんだ?」
Tが疑問を投げかけた。確かに、無響の部屋と盗聴器との関連性はまだ解明されていない。
「そこが謎だ。ただ、何かの干渉があることは間違いない。音を奪う部屋と、何らかの機器が共鳴しているのかもしれない」
Mが真剣な表情で答えると、俺たちは再びその部屋に戻る決意を固めた。過去の失踪事件、音響技術者の影、そして無響の部屋――すべての謎を解くために。
再びあの家に戻ったとき、夕暮れがその暗い影を伸ばし始めていた。夕日が沈むにつれ、無響の部屋の不気味さが増していくような気がする。俺たちは改めて玄関をくぐり、依頼人に簡単な報告を済ませた。これが最後の調査になるはずだと伝え、Mと俺、そしてTの3人で、再びあの部屋に向かった。
「……本当に大丈夫か、M? さっきの異常な感じ、まだ忘れられないんだが」
Tは何度も落ち着かない様子で背中を振り返る。彼が言う通り、俺たち全員が無響の部屋の異様さを感じ取っている。だが、依頼を受けた以上、逃げるわけにはいかない。俺も恐怖は拭えないが、探偵としての責任を感じ、無理やり気を引き締めた。
「大丈夫だ。もし何か異常があったとしても、冷静に対処すればいい」
Mはいつも通り冷静な表情を保ちながら、ポケットから何かの装置を取り出した。それは高感度の音響測定機器だった。今回の調査は、単に盗聴器を探すだけでなく、部屋そのものの異常を探るためのものだった。
「まず、この装置で部屋の音響反応を調べる。もし音が消えているなら、それに応じた反応があるはずだ」
Mは装置を起動し、無響の部屋の中心にゆっくりと進んでいく。俺とTは少し距離を取って後に続いた。部屋のドアを開けた瞬間、再びあの独特な静けさが俺たちを包み込む。まるでこの空間だけが、外の世界から隔離されているような感覚だ。
「やっぱり……音が消えてるな」
Mが装置を見ながら呟いた。画面には、異常なまでの無音が記録されている。普通なら微かな雑音や外界の音が拾われるはずだが、この部屋ではそれが一切ない。無音――まるで時間さえも止まっているかのようだ。
「これってさ、本当に盗聴器が原因なのか? 俺、ちょっと怖くなってきたんだが」
Tが顔をしかめながら言う。その気持ちは痛いほど分かる。だが、MはそんなTに対して落ち着いた口調で言った。
「盗聴器だけじゃない。何かもっと根本的な問題があるんだろう。この部屋そのものに」
Mがそう言い終わる前に、装置が微かに振動を始めた。俺たち全員がその音に反応して、Mの手元に目を向けた。
「……反応が強くなってきた。やっぱりこの部屋だ」
Mはそう言いながら、さらに部屋の中央に進む。俺たちは息を殺して、彼の動きを見守った。装置が示す数字はどんどん上がり、音が完全に消えた領域に到達したことを示している。
「おかしい。音が消えているはずなのに、何かが“響いている”ような感覚がある」
Mの言葉に、俺もTも驚いた。音が消えているにもかかわらず、何か見えない存在がこの空間で響いているという感覚――それは普通ではあり得ない現象だ。
「……ねぇ、ちょっと待ってくれ」
Tが突然声を上げ、壁の一部を指差した。
「なんだ、T?」
「ここ、なんか変じゃないか? 壁が……歪んでるように見えるんだ」
俺とMがその方向に目を向けると、確かに壁の一部がわずかに波打っているように見えた。最初は目の錯覚かと思ったが、じっと見つめると、やはりその部分だけが微妙に揺れている。まるで、壁の向こう側に何かが隠れているかのような――。
「これは……ただの構造的な問題じゃないな」
Mが慎重に言いながら、そっとその壁に触れた。だが、その瞬間、部屋全体が微かに震え始めた。
「おい、何だこれ……!?」
Tが怯えた声を上げる。俺も思わず身構えたが、揺れはすぐに収まった。だが、その後に訪れたのは、今までにないほどの静寂だった。まるで、俺たち自身の呼吸音すらも吸い込まれてしまうような、異常な無音。
「どうやらこの部屋は、音だけでなく、空間そのものを歪めている可能性がある。まるで……存在そのものを奪うかのように」
Mがそう言った瞬間、突然装置が大きな警告音を発した。俺たちは驚いてその場に立ち尽くす。何が起こっているのか、理解する暇もなく――。
「出ろ、すぐにこの部屋を出るんだ!」
Mが叫び、俺たちは慌てて部屋のドアに向かって駆け出した。ドアを開けると、そこにはさっきまで感じていた異様な圧迫感が嘘のように消え去り、外の世界の空気が俺たちを包んだ。
「なんだ……一体、今のは何だったんだ?」
Tが息を切らせながら尋ねる。俺も理解しようと必死だったが、頭がついていかない。
「まだ分からない……でも、確実に何かがあの部屋には潜んでいる。盗聴器以上の、もっと恐ろしい何かが」
Mの言葉に、俺もTも頷くしかなかった。あの無響の部屋に隠された真実――それはまだ解明されていないが、確実に手がかりは掴んだ。
「次で終わらせるぞ。この調査を」
Mの決意に満ちた言葉が、俺たちの緊張感を一層引き締めた。そして、俺たちは再び無響の部屋に戻る準備を整え始めた。
俺たちは再び無響の部屋に向かっていた。今回が最後の調査だという気持ちを固めつつ、それぞれの心に不安と決意が交錯する。部屋の異常な反応を確かめ、背後に潜む真相に迫る準備はできていた。だが、それがどれだけ恐ろしいものなのか、誰も予想することはできなかった。
「M、本当に大丈夫か? あの壁が歪んでたのって、どう考えても普通じゃないだろ」
Tがまたも不安そうに尋ねる。彼の声は震えていたが、それでも引き返す気はないようだった。
「心配するな。今回は装置をもっと精密に設定した。これで何か異常があれば、すぐに感知できるはずだ」
Mは冷静に答えながら、再びポケットから音響測定装置を取り出す。俺もTもその場で深呼吸をし、気を落ち着かせようとした。やがて、無響の部屋のドアが目の前に現れる。
「行くぞ」
Mが軽く息を吐き、ドアを開けた。その瞬間、再び異常な静寂が俺たちを包み込む。音が吸い込まれ、何もかもが消え去ったような感覚――だが、今回は違う。俺たちには何が起こっているのか、ある程度の見当がついていた。
「装置を起動するぞ」
Mが言いながら装置を作動させると、再び部屋の音響反応が記録され始めた。無音が続く中、装置の表示は異常な反応を示していた。それは、普通の部屋では考えられないレベルの異常さを物語っている。
「見ろ、この数値……音だけじゃなく、空間の歪みまで感知している」
Mは驚きとともに装置を見つめていた。俺もTもその数値を見て、言葉を失った。無響の部屋はただの音響現象を超え、物理的な空間すら捻じ曲げていたのだ。
「まるで、この部屋が異次元に繋がっているようだ……」
俺は思わず呟いた。音を奪うだけでなく、存在そのものをも飲み込んでしまうような、この異常な空間。その時、装置が再び激しく反応し始めた。Mが壁に向かって歩み寄る。
「この壁だ……何かが、ここの向こう側にある」
Mが壁に手をかけた瞬間、再び部屋全体が揺れ始めた。俺たちは思わず身を引いたが、Mはそのまま冷静に壁を叩き、異常な音の変化を探っていた。
「やはり、ここに何かある」
Mがそう言った瞬間、壁の一部が不気味に振動し始めた。まるで何かが中で蠢いているかのように――俺たちは息を飲み、後ずさりした。その瞬間、壁が突然パカッと開き、そこには何もない空間が広がっていた。
「これは……」
Mが驚きの声を漏らす。俺たちはその開いた空間を覗き込んだが、そこにあるのは無限に広がる闇だった。まるで底が見えない深淵のような――音も光も吸い込まれていくような空虚。
「盗聴器なんかじゃない……この部屋自体が、何かの異次元と繋がっているんだ」
俺は自分の言葉に驚きつつも、それが正しいと感じた。無響の部屋はただ音を吸い込むだけではなく、物理的に空間を歪め、別の次元に繋がっている。盗聴器の反応は、おそらくその歪みによるものだ。
「……これが、この家で人が消える理由か」
Mが冷静に言い放つ。過去の住人たちが消えたのは、この空間が音だけでなく、存在そのものを吸い込んでいたからだ。音を奪い、存在をも消し去る――無響の部屋の正体は、まさに都市伝説を超えた現実だった。
「早く出よう……ここに長くいれば、俺たちも……」
Tが怯えた声で叫ぶ。その恐怖は当然だ。もしこの空間が音だけでなく、俺たちの存在も吸い込もうとしているなら、ここにとどまるのは危険すぎる。
「待て、何かが……」
Mが装置に目をやり、さらに強く反応する異常な数値に気づいた。何かがこの空間に干渉している。俺たちは息を飲みながら、壁の奥の闇を見つめた。
すると、闇の中からかすかな音が響いてきた。それは、人の声のようだった。かすかな囁きが耳に届く――まるで、過去にこの部屋で消えた者たちの声が、闇の向こう側から呼びかけているかのように。
「誰かが……そこにいる」
俺たちはその声に凍りついた。まさか、過去に消えた人々が今もそこにいるのか? その瞬間、俺たちは再び逃げ出した。後ろを振り返ることなく、無響の部屋の外へ飛び出した。
あの「無響の部屋」から無事に戻って数日が経過した。俺たちは何とか調査を終えたが、解決と言えるのかどうかは微妙だった。結局、あの空間の正体や、そこにいた「何か」について、はっきりしたことは何もわからないままだった。
「どうするんだ、これから」
俺は探偵事務所のいつものデスクで、ふとつぶやいた。Mは黙って書類をまとめている。無響の部屋についての報告書だ。依頼人に報告するための内容だが、どこまで正確に伝えられるのか、俺には不安が残っていた。
「正直、依頼人には全部は話さない方がいいだろうな」
Mが顔を上げて言った。彼の声にはいつもの冷静さが戻っている。
「音が消えてる原因は特定できなかったが、盗聴器が見つからなかったことも含めて、物理的な問題はないと報告するしかない。あの異次元のことなんて、普通の人には理解できないし、伝える必要もない」
俺も頷いた。あの部屋に隠された異常は、普通の感覚では理解できないし、下手に伝えれば疑われるだけだ。依頼人には「部屋に盗聴器はなく、物理的な異常もない」とだけ報告することにした。
「まぁ、都市伝説としては面白いけどな。『音を消す無響の部屋』なんて、噂になれば興味を引くだろう」
Tが笑いながらソファに寝そべり、天井を見上げている。彼はあの出来事を、どこか半分冗談のように捉えているようだったが、確かにあの部屋は都市伝説のような不思議な場所だった。
「あの家の住人はどうするんだろうな? この先、あの部屋を放置していて大丈夫なのか?」
俺の問いに、Mは少し考え込んだあとで言った。
「おそらく、誰も気づかないだろう。あの現象は普通の生活では表には出てこない。少なくとも、音が消える以外に危険はないはずだ。盗聴器の心配もないし、生活に支障はないだろう」
確かに、無響の部屋が普通の生活に影響を与えることは少ないかもしれない。だが、それでも俺たちはあの異次元の空間に触れた事実を忘れることはできなかった。何かが、あの部屋の向こう側で俺たちを見つめているような気がしてならなかった。
「しかし、何だったんだろうな、あの声。まるで……」
Tが思い出すように呟く。俺たちも同じ疑問を抱えていた。あの無響の部屋の闇の中で聞いた囁き――あれが誰のものだったのか、何を意味していたのか、結局わからなかった。
「過去に消えた人たちの声だったのかもしれないな」
Mは静かに言った。まるでそれが当然のことのように。俺たちはしばし黙り込み、あの不気味な静寂と囁きを思い出していた。
「まぁ、深く考えすぎるのもよくないだろ。俺たちは現実に戻ってきたんだ。あれはただの一つの事件だ」
俺はそう自分に言い聞かせるようにして、無理やり笑顔を作った。
「そうだな。事件は解決した。俺たちには次の仕事が待っている」
Mもその言葉に同意し、再びデスクに向かって仕事を再開した。探偵事務所に持ち込まれる依頼は次から次へとやってくる。俺たちはまた日常に戻り、新しい調査を始めなければならない。
だが、ふと、俺の胸の奥に不安がよぎった。あの無響の部屋が、この世にもう一つ、いや、もっと存在しているとしたら? もし、あの異次元のような空間が他の場所でも広がっているとしたら――。
「おい、ボーっとしてるとまた次の事件に巻き込まれるぞ」
Tが笑いながら俺の肩を叩く。その瞬間、俺は不安を振り払い、再び前を向いた。
「わかってるよ。さぁ、次の依頼に行こう」
そう言って俺たちは、またいつもの探偵の日常に戻っていった。無響の部屋の記憶は、都市伝説の一つとして、心の奥底にしまい込むことにした。
だが、忘れられるわけではない。いつかまた、同じような依頼が舞い込んだ時――俺たちは再び、その謎に立ち向かうことになるかもしれない。
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