最後の記憶

だすびだ

文字の大きさ
上 下
15 / 37

3−3

しおりを挟む
少女の涙は止まらなかったが、その瞳の中には一筋の希望が灯っていた。過去の記憶の一部を取り戻したことで、彼女は自分の存在を少しずつ感じ始めていた。少年は彼女の様子を見守りながら、再びカギの力を思い返していた。カギは人の記憶を消すためだけの道具ではなく、記憶を取り戻す手段にもなる。だが、それには対価が必要だった。

「記憶が戻った時、何か変な感じはしなかった?」

少年が静かに尋ねると、少女は涙を拭いながら、ゆっくりと首を振った。

「ううん、少し疲れたけど、それだけ……」

「そうか……」

少年はカギのもう一つの性質に気づきつつあった。それは、記憶を取り戻すたびに何かを失うということ。少女はまだそれに気づいていないが、時間が経てば、彼女の中で何かが少しずつ消えていくかもしれない。それは、取り戻した記憶の代償として支払われる「時間」だ。


---

その夜、少年は静かな部屋で一人、カギを手にして考え込んでいた。記憶のカギはただの道具ではなく、使うたびに代償を伴う。彼自身もカギを使うたびに何かを失っているのではないか。自分の「時間」、あるいは「存在」が少しずつ薄れていっているのではないかという不安が、彼の心を覆い始めていた。

カギの秘密に気づいてからというもの、彼は自分の記憶を意識するようになった。自分がこれまでの人生で何を経験してきたのか、その断片を頭の中で反芻してみたが、思い出せないことが多いことに気づいた。仕事のために人々の記憶を消すたびに、自分もまた何かを失っていたのではないか。

「自分の記憶も……」

少年はカギを見つめながら、自分が何者なのか、どこから来たのかを改めて考えた。しかし、その答えは見つからなかった。ただ、空白だけが広がっている。

「僕は……誰なんだ?」

彼は自分自身に問いかけたが、返ってくる答えはない。いつからこの商売を始めたのか、なぜカギを持っているのか、その記憶すら曖昧になっていた。カギを使い続けることが、自分の存在そのものを危うくしているのではないかという恐れが、彼の胸に重くのしかかってきた。


---

翌朝、少年は再び少女と会う約束をしていた。彼女の記憶が戻ったことに対して何か変化があるか確かめるためだった。広場に着くと、少女はすでにそこにいたが、どこかぼんやりとした表情をしていた。彼女は、以前よりも少し疲れているように見えた。

「大丈夫?」

少年が心配そうに尋ねると、少女は微笑んで頷いた。

「ええ、大丈夫。ただ、少し夢を見ていたみたい。昨日のことが本当に起こったのかどうか……まだ信じられないけど。」

「記憶が戻ってどうだった?」

「それは……嬉しかったわ。でも、何か大切なものを失ったような気もするの。」

少女は自分でも理解できない感覚に戸惑っているようだった。記憶を取り戻す代償として「時間」を支払うことは、彼女にとっても無意識のうちに感じられているのだろう。その微妙な違和感が、彼女の中で次第に大きくなっていくのかもしれない。

「無理しないでいいよ。君が望むなら、また手伝うから。」

少年は彼女に優しく言ったが、その心の奥では不安が渦巻いていた。自分がどれほど彼女を助けられるのか、そしてその代償が何なのかをまだ完全に理解していなかったからだ。

彼女の記憶を取り戻すことは、彼の使命であると同時に、彼自身の存在を賭けた行為でもあった。これから先、どんな結果が待ち受けているのか、少年自身もまだ知らない。だが、彼は少女のために、そして自分のためにも、この道を進んでいく覚悟を決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...