最後の記憶

だすびだ

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少年の手のひらで輝く小さなカギは、これまで記憶を消すためにしか使われてこなかった。それを、今度は失われた記憶を取り戻すために使う。どんな結果が待ち受けているのか、少年自身も確信は持てていない。しかし、彼の心には少女を助けたいという気持ちが強く芽生えていた。

「でも……これで記憶が戻る保証はないんだ。試してみる価値があると思うけど、君自身が本当に記憶を取り戻したいかどうかが大事なんだ。」

少年は真剣な表情で少女に語りかけた。カギの力が発揮されるためには、彼女自身の強い願いが必要なのだ。少女は少年の手のカギをじっと見つめていたが、やがてその瞳に決意の光を宿し、ゆっくりと頷いた。

「私は、自分が誰なのか知りたい。記憶を失ったままでは、どこにも行けない気がするから……どうか、試してみてほしい。」

その言葉に、少年は再びカギを握りしめた。彼女の決意は本物だ。彼は、これまでとは全く異なる感覚でカギを使おうとしていることに気づいた。今までの仕事は、過去の傷を消すことだった。しかし、今は過去を取り戻そうとしている。その違いが、少年の手に新たな緊張感を与えた。

「わかった。それじゃあ、君の記憶を呼び戻すために、試してみるよ。」


---

少年は少女の手に自分のカギをそっと置き、その上に自分の手を重ねた。カギは冷たく、しかし彼の心臓の鼓動に合わせて微かに震えているようだった。彼はゆっくりと目を閉じ、心を集中させた。記憶を取り戻すためには、少女との信頼と彼自身の意志が必要だ。

「君の心の奥に、まだ残っている記憶があるはずだ。その記憶に、このカギを届けるんだ。」

少年は静かに呟きながら、カギに意識を集中させた。少女もまた、目を閉じて何かを探るように心を研ぎ澄ましている。二人の心が、カギを通じて微かに共鳴し始めたかのような感覚があった。

その瞬間、カギがかすかに光り始めた。冷たく固い金属の感触が、徐々に柔らかな熱を帯びていく。少年は驚きつつも、さらに深く集中した。このまま進めば、彼女の失われた記憶に辿り着けるかもしれない。

「もう少しだ……」

少年がそう呟いたとき、突然、彼の頭の中に不思議な感覚が広がった。何かが彼の心に流れ込んできたような――いや、それは彼の記憶ではなく、彼女の記憶の断片だった。少しずつ、薄暗い霧の中から浮かび上がってくる映像が見えた。それは、小さな家の中で誰かが笑っている光景。そして、青空の下で何かを一緒に探している場面。

「これは……君の記憶?」

少年は思わず声を出したが、すぐに少女が小さくうなずくのを感じた。彼女も同じ映像を見ているのだ。二人の心が、カギを通じて共有されている。その瞬間、少女の目がかっと見開かれた。

「……お母さん! ああ、そうだ……私、お母さんと一緒だったんだ!」

彼女は急に涙を流し始めた。長い間忘れていた感情が、突然あふれ出してきたのだ。少年はカギを握ったまま、彼女の様子を見守っていた。

「お母さん……一緒にいたのに、どうして私は……」

彼女は混乱した様子で涙を流し続けたが、その顔には少しだけ安堵の表情も浮かんでいた。忘れていた家族の記憶が、少しずつ戻ってきたのだ。しかし、それはすべてが幸せなものではないかもしれない。少年はそのことに気づいていたが、今は彼女の涙が語る喜びに寄り添うべきだと思った。

「大丈夫だよ。ゆっくり思い出していけばいい。急がなくてもいいんだ。」

少年は優しくそう言って、カギをポケットに戻した。カギは再び冷たくなり、光は消えていた。しかし、少女の心には確かな記憶の断片が刻まれた。それは彼女の自分を取り戻す第一歩だった。
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