最後の記憶

だすびだ

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男が去った後、少年はふとポケットの中で触れていた銀色のカギを見つめた。それは冷たく無機質でありながら、無数の記憶を封じ込める器でもあった。今まで、このカギを使って多くの記憶を取り扱ってきたが、少年自身はその記憶の重さをほとんど感じたことがなかった。自分にとって、記憶はただの「商品」に過ぎなかったのだ。

しかし、スーベニールの言葉が胸に残る。「記憶があるからこそ、人は成長する」――その言葉が、いつも無感情だったはずの少年の心に小さな疑問を投げかけている。

「僕の記憶……」

少年は自分自身のことを考える。自分の過去について、記憶を遡ろうとしたが、どれもぼんやりとしていて明確ではない。まるで、すでに多くを忘れてしまったかのように。彼はなぜ記憶を売る商人となり、どうしてこうして記憶を扱う仕事をしているのか――その答えがわからなかった。

「僕自身も……記憶を売ってしまったのだろうか?」

少年はその思いに揺れながら、少しの間立ち尽くしていたが、やがて再び足を進めた。次の顧客が待っている。彼にとっては、仕事をこなすことが何よりも重要だった。記憶を売り、記憶を買う。それが彼のすべてであり、目的であるはずだった。

しかし、その日はなぜか足取りが重かった。頭の片隅で、自分の記憶に対する疑念が消えない。取引を通じて他人の記憶を消し去ることはできるが、自分自身の記憶を消すことはできるのだろうか。

「記憶を消すことが、本当に幸せなのか?」

これまでの取引相手たちは、何かを忘れることで救われると信じていた。そして、彼はその願いを叶えてきた。しかし、その先に何が残るのか、彼は見届けたことがなかった。ただ記憶を消して、その後の人生がどうなるのかは知ることができなかった。

そんなことを考えているうちに、少年は小さな広場にたどり着いた。そこにはいくつかのベンチが並び、夕暮れ時の柔らかな光が町全体を包んでいた。しばらくその場に座って考えたかったが、突然、誰かが彼の前に立った。

「君が、記憶を売る商人か?」

再び、取引を求める声が響いた。今度の客は若い女性だった。彼女の顔には切迫した様子があり、瞳は深い悲しみで満たされていた。何かを必死に忘れたがっている、そんな気配が少年に伝わってくる。

「はい、どういった記憶をお望みですか?」

少年はまた、いつもの冷静な表情に戻り、彼女に静かに尋ねた。女性はため息をつき、震える声で話し始めた。

「私は……あの日を、あの瞬間をどうしても忘れたいの。もう耐えられない。」

彼女の言葉は途切れ途切れだったが、少年にはすぐに理解できた。彼女もまた、過去の痛みに苛まれ、記憶を手放すことで楽になりたいのだろう。

少年は無言でカギを取り出し、彼女の記憶にアクセスする準備を始めた。しかし、その時、ふと彼の心に浮かんだ考えがあった。

「この記憶を消した後、彼女は本当に幸せになれるのか?」

それまで考えたことのなかった疑問が、少年の心をわずかに揺らした。しかし、彼はその思いを振り払うように、いつものように取引を始めた。
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