最後の記憶

だすびだ

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女性が去った後、少年はふと立ち止まり、静かに空を見上げた。曇り空の下、遠くに太陽がぼんやりと光を放っている。彼女の記憶はもう二度と戻ることはない。それは確かだ。だが、その取引に少年自身は何の感情も抱かなかった。彼は記憶を商品として扱う商人であり、それが彼の役割だった。

「記憶を売るのは、自由だろうか? それとも、苦痛なのだろうか?」

少年は何度も同じ質問を自分に投げかけてきた。しかし、その答えを見つけることはなかった。彼はすでに多くの記憶を取引してきたが、どの顧客にもそれぞれの理由があり、どれが正しいとか、間違っているとは決められないと知っていた。

記憶は時に重荷となるが、それでもそれがなければ人はどうやって自分を定義するのだろうか。少年自身もその答えを持たない。ただ、取引を淡々とこなしていくだけだ。

「次の顧客は……」

少年は次の取引相手を探すために再び路地を歩き出した。この町にはいつも記憶を売りたい者、買いたい者がいる。時には誰かの悲しい思い出を消し去り、時には誰かが忘れ去った喜びを取り戻させる。彼の商売は止まることがない。

すると、しばらく歩いた先で、見覚えのある顔が視界に入った。彼女は「スーベニール」という名で知られる女性だ。長い黒髪を持ち、優雅な身のこなしをする彼女は、少年にとって特別な存在だった。彼女は彼の記憶を常に持っていて、彼が忘れそうになると、何かを思い出させてくれる存在だった。

「また記憶を売っているのね、あなたは。」

スーベニールは静かに微笑みながら、少年の前に立った。彼女の瞳には、どこか遠いものを見つめるような光が宿っている。彼女は記憶を持ち続けることの大切さを知っているが、それでも少年の商売を否定することはない。

「君は……どうして、記憶を持ち続けられるんだ?」
少年は不思議そうに彼女に尋ねた。彼の多くの顧客は、記憶を手放したいと願う。しかし、スーベニールは常に記憶を持ち続け、それを大切にしていた。

「記憶があるからこそ、人は成長し、変わっていくのよ。痛みも喜びも、すべてが私たちを作り上げるピースなの。」
スーベニールの声は優しく、彼女の言葉には確信が感じられた。

少年はその言葉を聞きながら、無言で彼女の顔を見つめていた。彼の心の中で、わずかに揺れる何かがあったが、それが何なのかはまだ自分では理解できない。彼は記憶を売り、他人の過去を取り扱ってきたが、自分自身の記憶には興味を持たなかった。少なくとも、今までは。

「私はいつでもここにいるわ。もし、君が自分の記憶を忘れたくなったら、その時は思い出させてあげる。」
スーベニールは静かにそう告げると、再び町の雑踏の中に消えていった。

少年は彼女の背中を見送りながら、再び自分の手の中にある銀のカギを見つめた。そのカギが開けるのは他人の記憶だけではなく、いつか自分自身の記憶も開けることができるのだろうか、と考えた。
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