最後の記憶

だすびだ

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彼女の目の前には、彼女自身の記憶が映し出されるように浮かび上がった。それは、子供の頃の鮮やかな景色から、最近のつらい出来事まで、断片的に再生されていく。彼女はそのすべてを、恐る恐る見つめていた。時折、顔をしかめながら。

「本当に忘れたい記憶を選んでください。」
少年の声が響く。まるで指示を出すような冷静さだった。

「これを……忘れたい。」
彼女はある特定の場面を指差した。それは、彼女が愛する人と最後に別れた日の記憶だった。彼女の表情は悲しみに満ちており、その瞬間の痛みが甦るように彼女の顔に浮かんでいた。

「いいんですか?」
少年は一瞬だけ、彼女の顔を見つめた。その目には何の感情も映っていないが、淡々とした声にはわずかな疑問が含まれていた。彼は記憶を売る商人であり、そのために必要なことをやってきた。しかし、この問いを発するのは、彼自身の習慣のようなものだった。

「……ええ、忘れたいんです。」
彼女の声には震えがあったが、それでも決意は揺るがない。彼女にとって、過去のその記憶はあまりにも重く、残しておくには耐えられないものだった。

「わかりました。」
少年は再び銀のカギを取り出し、ゆっくりと彼女の額に向けて動かした。カギが触れた瞬間、静かな音が響き、彼女の記憶が鍵穴に吸い込まれていく。淡い光が揺れ、彼女の目の中の痛みが徐々に消えていった。

「終わりました。これでその記憶は、もう二度とあなたの中に戻ってきません。」
少年は静かに言った。

女性はしばらくの間、自分の中で何が変わったのかを感じ取るかのように目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開けると、彼女の顔には少しだけ安堵の表情が浮かんでいた。

「……ありがとうございます。」
彼女の言葉はかすれたものだったが、その裏には重い決意があった。

「対価は、あなたの『時間』です。」
少年は無表情のまま彼女に告げた。「これからの数年、あなたの時間は短くなるかもしれません。それでも問題ないというなら、それが対価です。」

彼女はその言葉に驚いたような表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。「……それで構いません。」

彼女は何か大切なものを失ったように、少しだけ悲しそうに見えた。しかし、その背中は次第に軽くなっていくかのようだった。彼女は静かにその場を去り、路地裏の闇に溶け込むように姿を消した。
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