31 / 31
春の終わり
お守りのゆくえ
しおりを挟む
ひと月あまりすると、森にはブラックベリーの花が咲き誇った。
ダナはレイナルドにお願いしてトビアスとダナが過ごせる家を建ててもらっている。
数か月かかるらしい。
お守り屋の奥隣、森に近い場所にちょっとずつ積みあがっていく石をワクワクしながら見ていた。
ヒルは新たに市場の中に店を出した。
たまたま小さな店舗に空きが出たので借りることができたのだ。
それを機に引っ越した。
海の見える場所にある小さな家に一人で住んでいる。
市場からもお守り屋からも近い。
ジョエルは商店街の中の別の場所に越した。
夜もやっている飯屋が並ぶ一角で、店を続けている。
その2階の住居に暮らしていた。
チコが戦傷者と共に帰ってきた。
また療養所は慌ただしくなる。
何日か後にはジャックと中隊長が戦場へ戻ることになった。
「なくしたお守りについて、聞きたいんだが」
チコは帰ってきたあくる日の昼前に来て尋ねる。
相変わらずの無表情だった。
くっついてきたジャックをうざったそうに時おり見遣る。
「色は褐色だったか?それとも黒光りするような色の大きなものだった?」
ヒルの店を手伝っていたサラが首を傾げた。
「ヒルさんに渡したのは黒いものです」
ダナがお守り屋を切り盛りしている時間、彼女はヒルを手伝っている。
そのヒルはキッチンで忙しく手を動かしていた。
「見つかった?」
奥から問いかける。
チコは「いや」と答えた。
「ヒルが戦場を離れてから、伝説みたいなのが出来上がってるんだ」
二人掛けの丸いテーブルにジャックと座る。
チコは勝手に自分の分も注文してしまったジャックを睨んだ。
勝手に頼むな。うるさい偏食。と言い合っている。
「サラさん、ヒルさん」
ダナの声がした。
ジョエルと二人で来ている。
「ジャックは今日もおすすめですか?
チコさん戻ったんですね」
ぱあっと両手を広げて感動の意を伝えた。
「トビアスは?」
ジャックの問いに「森でごはん中です」と答える。
獲物を追いかけているのだろう。
「チコが、なくしたお守りの話を持ってきたらしいよ」
ジャックの言葉にジョエルとダナは近くの席についた。
店は8席しかないのでこれで半分埋ってしまう。
「どうなったんです?」
興味津々に瞳を輝かせてダナがチコを見上げた。
「見つかったわけじゃないんだ」
チコはちょっと困ったような表情になる。
そんなに期待されても。
「ただ、いま戦場にいる兵士の間を噂が走っている。
お守りがあちこちに現れるんだ」
ふっ、と鼻から息が漏れたのはジョエルだった。
「お守りが勝手に動いてる?」
「そういう噂だ。それが2つある。
矢が避けていく者が出て、身の回りを確認すると黒いお守りがいつの間にかくっついている。
妙に敵の剣先がそれていく者が出て、見ると褐色のお守りがくっついている。
それが2日と同じ兵士の所にはなく、しばらくすると誰かの元にまた現れるんだ」
ヒルのこめかみがぴくっと震える。
「へーえ。お守りって動くんだね、サラさん」
おかしそうにジョエルがサラに言った。
当の魔女は顔を赤くしている。
多分、気合を入れすぎてとんでもないことになったと気づいた。
「動きませんよ」
サラはそう言ってヒルを見る。
彼は何となく心当たりがあるようで、眉間に皺が寄っていた。
多分犯人は、どうしても家に帰りたかった誰か。
そしてその人物は先に手に入れたお守りをなくしたのだろう。
もうすぐ家に帰れるかもしれないタイミングでだ。
不安に駆られ、ヒルからそっと奪った。
そうしたらその日のうちにヒルが怪我を負った。
ヒルが言っていた、「絶対に見えてしまう人」はサラのことだと知る人物。
ことが露見するのを恐れて戦場に置いてきたのだろう。
「ヒル」
ジョエルが席から声をかけた。
じっと見つめて、その眉間を観察し、ぶはっと吹き出す。
「いいのか。取り戻さなくて」
「問い詰めたって本人にももうどうしようもないだろう」
その物言いにチコは目を細めた。
対照的にジャックは目を瞠る。
「犯人が分かったのか?誰だ」
締め上げかねない勢いで問うた。
「知ったって…」
「言って」
思いつめたような声音で命じたのは、サラである。
その誰かのせいで生きた心地のしなかった彼女は相当に怒っていた。
「確証はないですよ」
ヒルの言葉に、真顔でただ頷く。
「呪ったりしないでくれますか」
「私にそんな力はありません」
きっぱりと言うのがかえって疑念を抱かせた。
「たぶん中隊長ですね」
チコがふうん、と視線をそらし、ジャックがははぁと笑う。
ダナは両の頬を手で押さえた。
ジョエルがそんな妖精の頭を撫でて宥める。
「ちょうどいい。回収してきていただきましょう」
サラが低く低く言った。
「私に任せて。サラさん。
道中よく言い含めるよ」
そう言ったジャックはやけに楽しそう。
「これが、世の中にいる事もある悪い人ですか…」
ダナがふるふると肩を震わせた。
「人間て、愚かしいんです」
ジョエルが苦笑いで言う。
「まあ、でも、お守り戻ってくるかもしれないねえ」
よかったねえ、ということで話を終わらせようとしていた。
ダナは不信感いっぱいの顔をジョエルに向けている。
ジャックが門から出る時、疑わしき者の首ががっちりと捕まえられていた。
ダナはレイナルドにお願いしてトビアスとダナが過ごせる家を建ててもらっている。
数か月かかるらしい。
お守り屋の奥隣、森に近い場所にちょっとずつ積みあがっていく石をワクワクしながら見ていた。
ヒルは新たに市場の中に店を出した。
たまたま小さな店舗に空きが出たので借りることができたのだ。
それを機に引っ越した。
海の見える場所にある小さな家に一人で住んでいる。
市場からもお守り屋からも近い。
ジョエルは商店街の中の別の場所に越した。
夜もやっている飯屋が並ぶ一角で、店を続けている。
その2階の住居に暮らしていた。
チコが戦傷者と共に帰ってきた。
また療養所は慌ただしくなる。
何日か後にはジャックと中隊長が戦場へ戻ることになった。
「なくしたお守りについて、聞きたいんだが」
チコは帰ってきたあくる日の昼前に来て尋ねる。
相変わらずの無表情だった。
くっついてきたジャックをうざったそうに時おり見遣る。
「色は褐色だったか?それとも黒光りするような色の大きなものだった?」
ヒルの店を手伝っていたサラが首を傾げた。
「ヒルさんに渡したのは黒いものです」
ダナがお守り屋を切り盛りしている時間、彼女はヒルを手伝っている。
そのヒルはキッチンで忙しく手を動かしていた。
「見つかった?」
奥から問いかける。
チコは「いや」と答えた。
「ヒルが戦場を離れてから、伝説みたいなのが出来上がってるんだ」
二人掛けの丸いテーブルにジャックと座る。
チコは勝手に自分の分も注文してしまったジャックを睨んだ。
勝手に頼むな。うるさい偏食。と言い合っている。
「サラさん、ヒルさん」
ダナの声がした。
ジョエルと二人で来ている。
「ジャックは今日もおすすめですか?
チコさん戻ったんですね」
ぱあっと両手を広げて感動の意を伝えた。
「トビアスは?」
ジャックの問いに「森でごはん中です」と答える。
獲物を追いかけているのだろう。
「チコが、なくしたお守りの話を持ってきたらしいよ」
ジャックの言葉にジョエルとダナは近くの席についた。
店は8席しかないのでこれで半分埋ってしまう。
「どうなったんです?」
興味津々に瞳を輝かせてダナがチコを見上げた。
「見つかったわけじゃないんだ」
チコはちょっと困ったような表情になる。
そんなに期待されても。
「ただ、いま戦場にいる兵士の間を噂が走っている。
お守りがあちこちに現れるんだ」
ふっ、と鼻から息が漏れたのはジョエルだった。
「お守りが勝手に動いてる?」
「そういう噂だ。それが2つある。
矢が避けていく者が出て、身の回りを確認すると黒いお守りがいつの間にかくっついている。
妙に敵の剣先がそれていく者が出て、見ると褐色のお守りがくっついている。
それが2日と同じ兵士の所にはなく、しばらくすると誰かの元にまた現れるんだ」
ヒルのこめかみがぴくっと震える。
「へーえ。お守りって動くんだね、サラさん」
おかしそうにジョエルがサラに言った。
当の魔女は顔を赤くしている。
多分、気合を入れすぎてとんでもないことになったと気づいた。
「動きませんよ」
サラはそう言ってヒルを見る。
彼は何となく心当たりがあるようで、眉間に皺が寄っていた。
多分犯人は、どうしても家に帰りたかった誰か。
そしてその人物は先に手に入れたお守りをなくしたのだろう。
もうすぐ家に帰れるかもしれないタイミングでだ。
不安に駆られ、ヒルからそっと奪った。
そうしたらその日のうちにヒルが怪我を負った。
ヒルが言っていた、「絶対に見えてしまう人」はサラのことだと知る人物。
ことが露見するのを恐れて戦場に置いてきたのだろう。
「ヒル」
ジョエルが席から声をかけた。
じっと見つめて、その眉間を観察し、ぶはっと吹き出す。
「いいのか。取り戻さなくて」
「問い詰めたって本人にももうどうしようもないだろう」
その物言いにチコは目を細めた。
対照的にジャックは目を瞠る。
「犯人が分かったのか?誰だ」
締め上げかねない勢いで問うた。
「知ったって…」
「言って」
思いつめたような声音で命じたのは、サラである。
その誰かのせいで生きた心地のしなかった彼女は相当に怒っていた。
「確証はないですよ」
ヒルの言葉に、真顔でただ頷く。
「呪ったりしないでくれますか」
「私にそんな力はありません」
きっぱりと言うのがかえって疑念を抱かせた。
「たぶん中隊長ですね」
チコがふうん、と視線をそらし、ジャックがははぁと笑う。
ダナは両の頬を手で押さえた。
ジョエルがそんな妖精の頭を撫でて宥める。
「ちょうどいい。回収してきていただきましょう」
サラが低く低く言った。
「私に任せて。サラさん。
道中よく言い含めるよ」
そう言ったジャックはやけに楽しそう。
「これが、世の中にいる事もある悪い人ですか…」
ダナがふるふると肩を震わせた。
「人間て、愚かしいんです」
ジョエルが苦笑いで言う。
「まあ、でも、お守り戻ってくるかもしれないねえ」
よかったねえ、ということで話を終わらせようとしていた。
ダナは不信感いっぱいの顔をジョエルに向けている。
ジャックが門から出る時、疑わしき者の首ががっちりと捕まえられていた。
0
お気に入りに追加
0
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
ドナロッテの賛歌〜女騎士の成り上がり〜
ぷりりん
ファンタジー
結婚を諦めたドナロッテは、必死な思いで帝国初の女騎士になった。
警衛で城の巡回中に怪しい逢瀬の現場を目撃し、思わず首を突っ込んでしまったが、相手はなんと、隣国の主権を牛耳る『コシモ・ド・マルディチル』とその元婚約者であった! 単なる色恋沙汰から急転して、浮かび上がってくる帝国の真相と陰謀。真実を調べるべく、騎士の勲章を手放し、ドナロッテはコシモと南下することに同意した。道中、冷酷公爵と噂のコシモの意外な一面を知り、二人の絆が深まってゆくーー
※再構築再アップ
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
転生者は冒険者となって教会と国に復讐する!
克全
ファンタジー
東洋医学従事者でアマチュア作家でもあった男が異世界に転生した。リアムと名付けられた赤子は、生まれて直ぐに極貧の両親に捨てられてしまう。捨てられたのはメタトロン教の孤児院だったが、この世界の教会孤児院は神官達が劣情のはけ口にしていた。神官達に襲われるのを嫌ったリアムは、3歳にして孤児院を脱走して大魔境に逃げ込んだ。前世の知識と創造力を駆使したリアムは、スライムを従魔とした。スライムを知識と創造力、魔力を総動員して最強魔獣に育てたリアムは、前世での唯一の後悔、子供を作ろうと10歳にして魔境を出て冒険者ギルドを訪ねた。
アルファポリスオンリー
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる