上 下
62 / 66
第一章

六十話※ある魔物視点はここで終わり

しおりを挟む
 女戦士の凄まじい咆哮と同時に何かがぷつりと切れる感覚がした。
 有り得ない程の大声に直接殴られたような痛みを誤認する。だがそれよりも重大なことがある。
 自由だ。この体に大なり小なり感じ続けていた本体からの視線を全く感じなくなっている。
 リンナの身に大事が起こったのだ。こちらを監視し操るコストも避けなくなるような。
 だがまだ生きている。しかし『この』体の自由は得た。好機だ。
 墓から逃げ出す振りをして化け物の本体を見事見つけた村娘を褒め称える。
 目の前の虚ろな勇者や雑な女戦士よりも余程観察眼がある!

「死ね、勇者!」

 陽動役の仮面を投げ捨て堂々と暗殺者の素顔を晒した。
 女戦士がまるでお前こそが魔物だろうという俊敏さで襲い掛かってくる。
 素手の攻撃で体の半分を抉られた。構わない。己は植物だ。
 人間の女の姿を模した体の維持を諦める。
 抉られた部分から大量の蔓を生やし勇者へと伸ばした。
 その首を捕え、絞殺どころか引きちぎる勢いで力を込める。
 知らず笑みが浮かんだ。これで将軍様から下された命令をやっと果たせる。
 その喜びがあれば滅びることなど全く怖くなかった。

「……ア?」
「……間に合ってよかったですわ」

 なぜ間に合ったのかは理解できませんが。
 その言葉と同時に後ろから捕まれ思い切り背後へと放り投げられる。
 するりと、まるで意思のない紐のように勇者の首から己の蔓は取れた。
 どうして。
 心からそう思う。どうして、勇者の首はまだくっついたままなのか。
 なぜ勇者への殺意はこれ程まであるのに、勇者を殺そうとすると己の体は一切動かなくなるのか。
 どうして。
 どうして、本気で勇者を殺す気はないのなら最初から教えてくれなかったのか。
 父よ。
 私をそういう仕組みの植物として作り出した理由を教えてください。
 女戦士に殴り殺されながら考える。本当に野蛮だ。
 植物の魔物を火炎や氷結の魔法ではなく単純な暴力で滅ぼそうとするつもりなんて。

「待っていなさい、もうすぐ凄腕の魔法使いがやってきますわ。わたくしはそれまでの時間稼ぎよ!!」

 成程。村娘の協力者は魔女か。そしてこの女もそれを知っていたのか。ただの力馬鹿ではなかった。
 だがやはり愚かだ。魔女の火に焼かれなくてもこの体は間もなく滅ぶ。魔樹将軍に与えられた寿命が尽きたのだ。
 彼の体内でデザインされた私という種に仕組まれている滅びの条件を、私自身は知らなかった。他の知識は与えられているのに。
 勇者を殺す目的で生み出されたのに、勇者を殺そうとすることが罪だなんて知らなかった。教えて貰えなかった。
 体を抉り飛ばされながら考える。理由を。リンナのことを考える。その両親のことも。勇者のことも。
 あの疲れ切った目をして怯えていた村娘を。あんなつまらない女が勇者にも化け物みたいな性格の女にも執着されていた不可解さを。
 そうだ、不可解な事ばかりだ。人間というのは。高等魔族も似たようなものだろうか。
 魔王が死ぬ前から将軍たちは権力争いをしていた。次期魔王の座を欲していた。
 けれど魔樹将軍に次期魔王は無理だろう。自分の主人だが得意なのは絡め手で戦闘力は高くない。
 王には向かない。魔王の座に手をかけた瞬間に他の高等魔族たちに殺されるに違いない。

「アア」

 なんとなくわかった。なんとなくなんて曖昧な感情を自分が持つことがあるなんて思わなかったけれど。
 リンナの中途半端さと矛盾に満ちた心と行動力。照らし合わせれば同じ種類の愚かさが浮かんだ。
 将軍は、魔王の仇は討つ行為はしたかった。だが勇者殺しはしたくなかったのだ。大事になるから。
 勇者を害せる「力」を誇示すれば魔王の座を争う過激勢力の中に混じることになるから。
 使い捨て用の配下を利用して、ちょっかいを出したかっただけなのだ。
 全部、己がリンナの走狗になる程度の脆弱さで設計されたのも全部。
 このつまらない、だらだらした、そして後味はやたら悪い騒動を起こしたかっただけなのだ。
 ならば成功だろう。目の前の勇者の呆けた顔を見る。薬物依存者一歩手前の顔だ。それだけではない。
 何もできなかった無能者の惨めさが浮かんでいる。魔王を倒した存在がこんなにまで落ちぶれている。
 勇者の弱体化は成功している。大した功績だ。寧ろ今こそ魔王軍の残党が大挙して攻め込んでくるべきだ。
 けれど今己を殴り殺している女戦士のような強大な力と野蛮な思考を持つ魔族たちは理解できないだろう。精神が病むということを。 
 魔樹将軍が配下を使って勇者を倒そうとしてあっさり返り討ちにされた。あいつは本当に弱い。対抗勢力として潰す価値もない。ただそれだけで終わる。
 けれど力で劣る分、他の将軍よりは細やかな神経をしている彼だけは自分の計画がどれだけ勇者を害したのかを理解して満足するのだろう。
 ふざけるな。
 かろうじて動く発声器官を使って自分を殺害する者へ告げる。

「ギギ、魔、ジュ、将軍様が、オマエタチヲ、ネラッテイ、ゾ」 
「なんですって!村を襲う前に倒さなければ!!」

 なんてシンプルで力強い回答だ。
 生まれてから一番満ち足りた気分になって、粉々に砕けた。


----
私事ですがアルファポリス様の第13回ファンタジー小説大賞に当作品を応募しております。
宜しければ御投票いただければと思います!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

彼を奪った幼馴染が、憎くて憎くて仕方がない

ヘロディア
恋愛
付き合いたての恋人と、頻繫に愛し合ってお互いを求めている幸福に溺れている主人公。彼女は幸せの絶頂期にいたが、ある日突然彼に別れを告げられる。 2週間後、元カレとなった彼は知らない女性と街を歩いていて…

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

処理中です...