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第一章
六十話※ある魔物視点はここで終わり
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女戦士の凄まじい咆哮と同時に何かがぷつりと切れる感覚がした。
有り得ない程の大声に直接殴られたような痛みを誤認する。だがそれよりも重大なことがある。
自由だ。この体に大なり小なり感じ続けていた本体からの視線を全く感じなくなっている。
リンナの身に大事が起こったのだ。こちらを監視し操るコストも避けなくなるような。
だがまだ生きている。しかし『この』体の自由は得た。好機だ。
墓から逃げ出す振りをして化け物の本体を見事見つけた村娘を褒め称える。
目の前の虚ろな勇者や雑な女戦士よりも余程観察眼がある!
「死ね、勇者!」
陽動役の仮面を投げ捨て堂々と暗殺者の素顔を晒した。
女戦士がまるでお前こそが魔物だろうという俊敏さで襲い掛かってくる。
素手の攻撃で体の半分を抉られた。構わない。己は植物だ。
人間の女の姿を模した体の維持を諦める。
抉られた部分から大量の蔓を生やし勇者へと伸ばした。
その首を捕え、絞殺どころか引きちぎる勢いで力を込める。
知らず笑みが浮かんだ。これで将軍様から下された命令をやっと果たせる。
その喜びがあれば滅びることなど全く怖くなかった。
「……ア?」
「……間に合ってよかったですわ」
なぜ間に合ったのかは理解できませんが。
その言葉と同時に後ろから捕まれ思い切り背後へと放り投げられる。
するりと、まるで意思のない紐のように勇者の首から己の蔓は取れた。
どうして。
心からそう思う。どうして、勇者の首はまだくっついたままなのか。
なぜ勇者への殺意はこれ程まであるのに、勇者を殺そうとすると己の体は一切動かなくなるのか。
どうして。
どうして、本気で勇者を殺す気はないのなら最初から教えてくれなかったのか。
父よ。
私をそういう仕組みの植物として作り出した理由を教えてください。
女戦士に殴り殺されながら考える。本当に野蛮だ。
植物の魔物を火炎や氷結の魔法ではなく単純な暴力で滅ぼそうとするつもりなんて。
「待っていなさい、もうすぐ凄腕の魔法使いがやってきますわ。わたくしはそれまでの時間稼ぎよ!!」
成程。村娘の協力者は魔女か。そしてこの女もそれを知っていたのか。ただの力馬鹿ではなかった。
だがやはり愚かだ。魔女の火に焼かれなくてもこの体は間もなく滅ぶ。魔樹将軍に与えられた寿命が尽きたのだ。
彼の体内でデザインされた私という種に仕組まれている滅びの条件を、私自身は知らなかった。他の知識は与えられているのに。
勇者を殺す目的で生み出されたのに、勇者を殺そうとすることが罪だなんて知らなかった。教えて貰えなかった。
体を抉り飛ばされながら考える。理由を。リンナのことを考える。その両親のことも。勇者のことも。
あの疲れ切った目をして怯えていた村娘を。あんなつまらない女が勇者にも化け物みたいな性格の女にも執着されていた不可解さを。
そうだ、不可解な事ばかりだ。人間というのは。高等魔族も似たようなものだろうか。
魔王が死ぬ前から将軍たちは権力争いをしていた。次期魔王の座を欲していた。
けれど魔樹将軍に次期魔王は無理だろう。自分の主人だが得意なのは絡め手で戦闘力は高くない。
王には向かない。魔王の座に手をかけた瞬間に他の高等魔族たちに殺されるに違いない。
「アア」
なんとなくわかった。なんとなくなんて曖昧な感情を自分が持つことがあるなんて思わなかったけれど。
リンナの中途半端さと矛盾に満ちた心と行動力。照らし合わせれば同じ種類の愚かさが浮かんだ。
将軍は、魔王の仇は討つ行為はしたかった。だが勇者殺しはしたくなかったのだ。大事になるから。
勇者を害せる「力」を誇示すれば魔王の座を争う過激勢力の中に混じることになるから。
使い捨て用の配下を利用して、ちょっかいを出したかっただけなのだ。
全部、己がリンナの走狗になる程度の脆弱さで設計されたのも全部。
このつまらない、だらだらした、そして後味はやたら悪い騒動を起こしたかっただけなのだ。
ならば成功だろう。目の前の勇者の呆けた顔を見る。薬物依存者一歩手前の顔だ。それだけではない。
何もできなかった無能者の惨めさが浮かんでいる。魔王を倒した存在がこんなにまで落ちぶれている。
勇者の弱体化は成功している。大した功績だ。寧ろ今こそ魔王軍の残党が大挙して攻め込んでくるべきだ。
けれど今己を殴り殺している女戦士のような強大な力と野蛮な思考を持つ魔族たちは理解できないだろう。精神が病むということを。
魔樹将軍が配下を使って勇者を倒そうとしてあっさり返り討ちにされた。あいつは本当に弱い。対抗勢力として潰す価値もない。ただそれだけで終わる。
けれど力で劣る分、他の将軍よりは細やかな神経をしている彼だけは自分の計画がどれだけ勇者を害したのかを理解して満足するのだろう。
ふざけるな。
かろうじて動く発声器官を使って自分を殺害する者へ告げる。
「ギギ、魔、ジュ、将軍様が、オマエタチヲ、ネラッテイ、ゾ」
「なんですって!村を襲う前に倒さなければ!!」
なんてシンプルで力強い回答だ。
生まれてから一番満ち足りた気分になって、粉々に砕けた。
----
私事ですがアルファポリス様の第13回ファンタジー小説大賞に当作品を応募しております。
宜しければ御投票いただければと思います!
有り得ない程の大声に直接殴られたような痛みを誤認する。だがそれよりも重大なことがある。
自由だ。この体に大なり小なり感じ続けていた本体からの視線を全く感じなくなっている。
リンナの身に大事が起こったのだ。こちらを監視し操るコストも避けなくなるような。
だがまだ生きている。しかし『この』体の自由は得た。好機だ。
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目の前の虚ろな勇者や雑な女戦士よりも余程観察眼がある!
「死ね、勇者!」
陽動役の仮面を投げ捨て堂々と暗殺者の素顔を晒した。
女戦士がまるでお前こそが魔物だろうという俊敏さで襲い掛かってくる。
素手の攻撃で体の半分を抉られた。構わない。己は植物だ。
人間の女の姿を模した体の維持を諦める。
抉られた部分から大量の蔓を生やし勇者へと伸ばした。
その首を捕え、絞殺どころか引きちぎる勢いで力を込める。
知らず笑みが浮かんだ。これで将軍様から下された命令をやっと果たせる。
その喜びがあれば滅びることなど全く怖くなかった。
「……ア?」
「……間に合ってよかったですわ」
なぜ間に合ったのかは理解できませんが。
その言葉と同時に後ろから捕まれ思い切り背後へと放り投げられる。
するりと、まるで意思のない紐のように勇者の首から己の蔓は取れた。
どうして。
心からそう思う。どうして、勇者の首はまだくっついたままなのか。
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どうして。
どうして、本気で勇者を殺す気はないのなら最初から教えてくれなかったのか。
父よ。
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あの疲れ切った目をして怯えていた村娘を。あんなつまらない女が勇者にも化け物みたいな性格の女にも執着されていた不可解さを。
そうだ、不可解な事ばかりだ。人間というのは。高等魔族も似たようなものだろうか。
魔王が死ぬ前から将軍たちは権力争いをしていた。次期魔王の座を欲していた。
けれど魔樹将軍に次期魔王は無理だろう。自分の主人だが得意なのは絡め手で戦闘力は高くない。
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リンナの中途半端さと矛盾に満ちた心と行動力。照らし合わせれば同じ種類の愚かさが浮かんだ。
将軍は、魔王の仇は討つ行為はしたかった。だが勇者殺しはしたくなかったのだ。大事になるから。
勇者を害せる「力」を誇示すれば魔王の座を争う過激勢力の中に混じることになるから。
使い捨て用の配下を利用して、ちょっかいを出したかっただけなのだ。
全部、己がリンナの走狗になる程度の脆弱さで設計されたのも全部。
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何もできなかった無能者の惨めさが浮かんでいる。魔王を倒した存在がこんなにまで落ちぶれている。
勇者の弱体化は成功している。大した功績だ。寧ろ今こそ魔王軍の残党が大挙して攻め込んでくるべきだ。
けれど今己を殴り殺している女戦士のような強大な力と野蛮な思考を持つ魔族たちは理解できないだろう。精神が病むということを。
魔樹将軍が配下を使って勇者を倒そうとしてあっさり返り討ちにされた。あいつは本当に弱い。対抗勢力として潰す価値もない。ただそれだけで終わる。
けれど力で劣る分、他の将軍よりは細やかな神経をしている彼だけは自分の計画がどれだけ勇者を害したのかを理解して満足するのだろう。
ふざけるな。
かろうじて動く発声器官を使って自分を殺害する者へ告げる。
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