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第一章

五十六話 ※ある魔物視点

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 どうやら自分を支配しているこの女が執着しているのは勇者ではないらしい。

 まして片腕の雑貨屋店主でもない。

 その二人と関わりのある地味な村娘に対し異様な視線を持っているのだ。

 だがその感情は複雑怪奇過ぎて植物である双子草には理解しきれないものだった。

 勇者の幼馴染のアデリーンという年上の娘。

 アディーとリンナは彼女の愛称らしきものを呟く時があった。

 けれど恐らくそれは一方的な親しみなのだろう。

 でなければリンナが彼女を自らの支配する地下に連れ込まない理由がない。

 好意ではなく、しかし悪意だけでもない。

 リンナはどうやらアデリーンを苦しめることに楽しみを覚えているようだった。

 その為にアデリーンが好いている勇者の精神を危うくさせているのだろう。

 ついでにそのまま勇者を毒草中毒にして殺してしまえばいいのにと思ったことは一度や二度ではない。

 けれどそれは駄目なのだと言う。殺すことに関してリンナは頑なに拒否をした。

 だから魔物である双子草も薄々勘づく。

 リンナは限りなく邪悪な性質の女だが、同時に凡庸な村娘の価値観も持ち合わせている。

 つまり、殺人を犯す度胸がないのだ。

 結果として父親を死なせた方が慈悲深いような姿で生かしている。

 この村を、自分を阻害している村の人間を恨み疎みながら愛着を持っている。

 恐らくリンナの願いを叶えるとするのならば、この村の壊滅ではなく支配という形になるのだろう。

 そしてそれは魔物となった彼女の能力を駆使すれば不可能ではない。

 けれどリンナにそのような大それたことは行えないだろうと双子草は考えていた。

 賢さが、まるでないのだ。急激に魔物化した反動なのかはわからない。

 考えることが酷く苦手で感情でしか動かない。

 墓場の遺体を使い偽りの村人を生み出しながら双子草は思考する。

 元々はリンナが命じた研究だが、恐らく彼女はこのことすら忘れているだろう。

 そこまで予測するとまじめに亡骸から得た情報で故人を模した植物を生み出すのも馬鹿馬鹿しい。

 もしリンナがもう少しまともな頭を持っていれば、墓場に勇者を誘い込み死人たちで追い詰めて心を壊す方法も取れただろう。

 ここには彼の両親が眠っているのだから。

 ついでにいえばアデリーンの親姉妹もいるし、その姉は隻腕の男と恋仲だ。

 死体ほど素直に情報を明け渡してくれる存在はない。

 土葬された亡骸を自らの根で愛おしみながら双子草はその素直さに慰められる。

 可能ならあんな厄介な女などではなく物言わぬ死体に植え付けられたかった。

 いや一番望ましいのはアデリーンの体だ。

 彼女に成り代われればそれこそ一日で勇者殺しは実行できただろう。 

 なぜなら勇者はあの凡庸な村娘に病的なまでに依存しているのだから。

 いや、今は完全に病んでいるのか。リンナの仕込んだ毒草によって。

 アデリーンの留守中に彼女の部屋に忍び込む男の滑稽さを双子草は笑う。

 母親の部屋に忍び込む小さな男の子みたいだとリンナが笑いながら伝えてきた光景だ。

 アデリーンのベッドで彼女の匂いに包まれて目を閉じる青年は勇者と呼ぶには余りにも情けなかった。

 そこまで執着するならなぜ実物をその腕に抱かないのだろう。

 彼女の部屋に忍び込み私物を盗ませるリンナに対しても同様のことを思う。 

 それは最期まで双子草には理解できない人間の愚かさだった。 

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