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第一章

四十三話

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 私を罵ったリンナの台詞はまるで人間の時のように流暢だった。

 だからこそ余計に腹立たしい。

 しかし三十近くにもなってぶりっこ呼ばわりされるとは思わなかった。


「貴女に私の何がわかるの」

「わかルわ。あんたがアタシのことを嫌いなことぐラい」


 まるで子供の口喧嘩だ。そう感じる位リンナはむきになっていた。

 先程までの言葉でこちらを弄ぼうとする様子はない。

 彼女は私を偽善者だと言った。侮辱ではあるが発言者を考えれば呆れる気持ちもある。

 盗癖で家族を含め周囲に迷惑をかけ、今は魔物と化して村を脅かしているリンナ。

 寧ろそちらこそ偽物でいいから一度でも善行をするべきではないだろうか。


「あんたはアタシをあの時以来二度と家に上げなかった」

「……は?」
 
「嫌なら嫌って言えばいいのに、欲しいならあげるなんてウソついて」


 前半意味が分からなかったリンナの言葉を脳が徐々に把握し始める。

 子供の喧嘩だと思ったが、実際彼女が詰っているのは子供時代のことについてだろう。

 姉と一緒に我が家を訪れた幼いリンナが私物を盗んだ件について何故かこちらを責めているのだ。

 欲しいならあげるは確かに言った。だがそれには『だから黙って取らないで』と言う窘めが続いていた筈だ。

 そしてそれが出来なかったからリンナを家に招くことはできなくなったのだ。全て彼女の自業自得だった。

 アタシが悪いとおもっているんでしょう。拗ねた口調で言われて開いた口がふさがらなかった。


「みンなみんナ、あんたがいい子でアタシは悪い子扱いする。レンさんの時だってそう」

「レン兄さん?」

「恋人でもないのにベタベタして、亡くなった姉の代わりに尽くしテいるなンて褒められて」


 ベタベタなんてした覚えはない。レン兄さんに対して恋なんて意識したことはない。

 彼が今でも姉さんの月命日に欠かさず墓参りをしていることを知っている。

 隻腕で雑貨屋を経営する彼を姉の代わりに手助けしたい気持ちはあるししている。ただそれは家族愛というものではないだろうか。

 私とレン兄さんに確かに血は繋がっていない。けれど私と彼の間には『姉さん』がいたのだ。

 いや、今でもいる。彼女の存在が私たち二人を繋いでいた。 

 しかし、私たちの関係についてそんな評価がされているなんて初耳だった。

 皆とは、いったい誰なのだろう。リンナと親しい村人は限られている筈だが。


「ライルくンだってそう。行き遅れの癖に、嫌味も言われなイで。勇者とケッコン?身の程知らず!」

「……それは本当に余計なお世話だわ」

「ババアの癖に、清純ぶッて。尽くすオンナ気取りで。男目当てでやッてる癖に。腹立つのよアンタ」


 陰でみんなそう言っているわ。せせら笑うリンナに私は首を傾げる。

 皆って誰よ。口から出た言葉は自分でも意外な程淡々としていた。


「貴女そんな陰口に混ざれる程、この村で近づいてくれる人がいないでしょう」


 もしかしてリンナも亡霊綿毛の幻聴を聞いているのかもしれない。そう仕込んだ本人なのに。

 だとしたら少しだけ滑稽だ。私は内心でひっそりと笑った。 

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