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第一章
四十話
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「止めなさいリンナ!!」
細く叫ぶ声が聞こえる。
リンナの口から生えた根は私の鼻先に触れる手前で止まった。
ほぼ同時に後ろから強い力で肩を掴まれる。
転びそうな程の勢いで引っ張られ、私はたたらを踏んだ。
腕の持ち主を振り返る。土気色の顔をしたミランダさんがいた。
無事を伝えるため声掛けをしようとしたが、口から出たのは不格好な呼吸だけだった。
リンナを急いで挑発し過ぎた。これは明確に迂闊な行為だった。
魔物になってしまっている以上、口喧嘩で済む筈はなかったのだ。
「エミリアだったら、あの根を掴んで易々と引きずり出したでしょうね」
ただ、次からは襲わせないわ。そう頼もしいことを言いながらミランダさんが呪文を呟いた。
短い詠唱が終わった後私たちの前面に薄く透明な板のようなものがあらわれる。
「これで安心して……口喧嘩ができるわよ」
「有難うございます」
皮肉気な口調で言われ私は礼を返した。先程まで恐怖に凍り付いていた口はなんとか動かすことが出来るようになる。
身の安全を保障され、私はリンナを制止した声の主を探す。
殺風景な部屋の中で裸体に華美な装飾を施したリンナが悪目立ちをしている。
腰から下は半ば土に埋まりながらも何本も蠢く太い根の存在を強くアピールしている。
部屋というよりも巣のようだ。いや実際にここはリンナの巣なのだろう。
墓場でライルたちを弄んでいたリンナの存在を思い出す。今目の前にいるリンナと見比べるとあからさまに魔物として見劣りがした。
何よりも攻撃性の強さが違う。墓場にいた彼女はライルや私たちを殺そうとしているというよりは嬲り弄んでいるようだった。
やはり『こちら』が本物のリンナなのだろうか。長い舌のような根を赤い唇の内側に収めて女の魔物は私たちを睨んでいた。
その視線が横に動いたかと思うと、不意にその腰の横辺りから先程より随分と細い根が飛び出してくる。
それは思わず身構えた私やミランダさんではなく部屋の隅に積まれた襤褸の塊を鞭のように叩いた。
「っうう!」
短い悲鳴が上がり、私はびくりと驚く。
まるで癇癪を起した子供のように細い根は対象を何回も激しく打った。
暗がりで布の塊に見えたのは蹲った人間だった。植物の鞭を避けることもなく亀のようにひたすら耐えている。
けれど平気なわけではなく、痛みを訴える声が何度も聞こえた。
「……止めなさいよ!」
私は叫ぶ。リンナの視線が私へ固定された。
最初は真顔だったが次第に獰猛な笑みを浮かべ始める。目の前の透明な板がそれに反応したように淡く光り出した。
狙いを私に変えたのかと思い暫く身構えたが、何の動きもない。けれど彼女は楽しそうだった。
「ア、アディー……」
暴行から解放されて、よろよろと部屋の隅にいた人物が立ち上がる。それは枯れ木のような老婆だった。
ここまで痩せこけた人間は見たことがない。生きているのが不思議なぐらいに骨と皮だけだ。
「こレ、アタシのママ。会ッたことあルでしょ」
ニパァと口を開けてリンナが喋る。不自然な抑揚だが魔物となっても人語を話すことはできるようだった。
しかしそれよりも重要なのは、彼女の台詞の意味だ。
「リンナの、お母さん……?」
「だッたモノよ、今はアタシの奴隷」
ふらふらと歩くだけで命をすり減らしていそうな有様でリンナの母親がこちらに近づいてくる。
思わず駆け寄り補助しそうになるのをミランダさんが声で制止した。
「待ちなさい、アディちゃん。その人物は……刃物を持っているわ」
ミランダさんの指摘に反応したのはリンナだった。苛立つ訳でなく寧ろ嬉しそうににやにやと笑っている。
「わかッてるわねマま。アディを、刺しナさい」
パパのようになりたくなければ。
そう魔物以外の何物でもないおぞましい声でリンナは実の母親を私にけしかけた。
細く叫ぶ声が聞こえる。
リンナの口から生えた根は私の鼻先に触れる手前で止まった。
ほぼ同時に後ろから強い力で肩を掴まれる。
転びそうな程の勢いで引っ張られ、私はたたらを踏んだ。
腕の持ち主を振り返る。土気色の顔をしたミランダさんがいた。
無事を伝えるため声掛けをしようとしたが、口から出たのは不格好な呼吸だけだった。
リンナを急いで挑発し過ぎた。これは明確に迂闊な行為だった。
魔物になってしまっている以上、口喧嘩で済む筈はなかったのだ。
「エミリアだったら、あの根を掴んで易々と引きずり出したでしょうね」
ただ、次からは襲わせないわ。そう頼もしいことを言いながらミランダさんが呪文を呟いた。
短い詠唱が終わった後私たちの前面に薄く透明な板のようなものがあらわれる。
「これで安心して……口喧嘩ができるわよ」
「有難うございます」
皮肉気な口調で言われ私は礼を返した。先程まで恐怖に凍り付いていた口はなんとか動かすことが出来るようになる。
身の安全を保障され、私はリンナを制止した声の主を探す。
殺風景な部屋の中で裸体に華美な装飾を施したリンナが悪目立ちをしている。
腰から下は半ば土に埋まりながらも何本も蠢く太い根の存在を強くアピールしている。
部屋というよりも巣のようだ。いや実際にここはリンナの巣なのだろう。
墓場でライルたちを弄んでいたリンナの存在を思い出す。今目の前にいるリンナと見比べるとあからさまに魔物として見劣りがした。
何よりも攻撃性の強さが違う。墓場にいた彼女はライルや私たちを殺そうとしているというよりは嬲り弄んでいるようだった。
やはり『こちら』が本物のリンナなのだろうか。長い舌のような根を赤い唇の内側に収めて女の魔物は私たちを睨んでいた。
その視線が横に動いたかと思うと、不意にその腰の横辺りから先程より随分と細い根が飛び出してくる。
それは思わず身構えた私やミランダさんではなく部屋の隅に積まれた襤褸の塊を鞭のように叩いた。
「っうう!」
短い悲鳴が上がり、私はびくりと驚く。
まるで癇癪を起した子供のように細い根は対象を何回も激しく打った。
暗がりで布の塊に見えたのは蹲った人間だった。植物の鞭を避けることもなく亀のようにひたすら耐えている。
けれど平気なわけではなく、痛みを訴える声が何度も聞こえた。
「……止めなさいよ!」
私は叫ぶ。リンナの視線が私へ固定された。
最初は真顔だったが次第に獰猛な笑みを浮かべ始める。目の前の透明な板がそれに反応したように淡く光り出した。
狙いを私に変えたのかと思い暫く身構えたが、何の動きもない。けれど彼女は楽しそうだった。
「ア、アディー……」
暴行から解放されて、よろよろと部屋の隅にいた人物が立ち上がる。それは枯れ木のような老婆だった。
ここまで痩せこけた人間は見たことがない。生きているのが不思議なぐらいに骨と皮だけだ。
「こレ、アタシのママ。会ッたことあルでしょ」
ニパァと口を開けてリンナが喋る。不自然な抑揚だが魔物となっても人語を話すことはできるようだった。
しかしそれよりも重要なのは、彼女の台詞の意味だ。
「リンナの、お母さん……?」
「だッたモノよ、今はアタシの奴隷」
ふらふらと歩くだけで命をすり減らしていそうな有様でリンナの母親がこちらに近づいてくる。
思わず駆け寄り補助しそうになるのをミランダさんが声で制止した。
「待ちなさい、アディちゃん。その人物は……刃物を持っているわ」
ミランダさんの指摘に反応したのはリンナだった。苛立つ訳でなく寧ろ嬉しそうににやにやと笑っている。
「わかッてるわねマま。アディを、刺しナさい」
パパのようになりたくなければ。
そう魔物以外の何物でもないおぞましい声でリンナは実の母親を私にけしかけた。
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