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第一章

三十二話

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 でも結果的にそう思わせてしまったわね。

 少しの逡巡の後ミランダさんが暗い声で呟く。隠し切れない自己嫌悪が滲んでいた。

 今の彼女は、私の家に入ってきた時の余裕のある凛とした態度が影を潜め酷く傷つきやすい女性に見えた。

 そのセンシティブな様子に、なぜかライルを思い出す。最近のライルもやたらと感情をむき出しにしていた。


「今の私、おかしいわよね?」


 そんなことを考えていると唐突に尋ねられる。随分と答えにくい質問だ。

 おかしいといってもおかしくないと言っても角が立ちそうだ。

 そもそも私はミランダさんについて、比較できる程普段を知っている訳ではない。

 そのことは当然彼女も知っている筈なのだが。
 

「駄目ね。こんな質問している時点で私らしくないわ。……やっぱりあの毒草のせいね」


 髪の毛を乱暴に手櫛で掻くとミランダさんは腰のベルトについている袋から何かを取り出す。

 手掴みにしたそれを躊躇いなく口に入れると不機嫌な表情を浮かべながら何回も咀嚼をした。

 苦い薬を無理やり飲まされている子供のようだ。


「ミランダさん……?」


 水を汲んできてあげた方がいいのだろうか。

 そんなことを迷っている内に含んだものを嚥下したらしく、彼女は若干青ざめながら優雅に口元をハンカチで拭っていた。

 
「見苦しい姿を見せたわね。恥ずかしい限りだわ」


 ハンカチをしまいながら私に告げる姿はすっかり落ち着いている。

 エミリアさんにあっさりと消音魔法をかけた時と同じぐらい歴戦の魔女としての余裕が蘇っていた。 


「急ぎの事態だけれど、必要だから説明するわね」  

「は、はい……」

「ライルの家の裏には精神に作用する毒花が大量に生えていたわ」


 そう淡々と言われて私は首を傾げた。ライルの家の裏にあるのは手入れのされていない庭だ。

 魔王討伐の旅に出ていた時や、ライルが戻ってきた直後などは私が偶に草むしりなどの手入れをしていた。

 ただここ数年は訪れていない。

 体が動かせるようになったのだからそれぐらいは家主にさせるべきだとレン兄さんに言われたからだ。

 たまに庭の様子をライルに尋ねたり、季節の変わり目などに草むしりをするように告げたが彼が聞き入れた様子はなかった。

 自分の部屋の窓を開ける際に目につく丈の長い草に覆われていく隣家の庭にもどかしい思いをしていた。

 けれどライルが自宅ではなく私の家に入り浸るようになるとあまり気にかけることもなくなった。

 だから、気づかなかった?


「アディちゃんの家を調べさせてもらった時に、なんていうか……微妙に気分が落ち込むような場所があったのよ」

「気分が落ち込む場所?」

「そう、正しくは落ちていた気分がもっと落ちるみたいな感じね。それが強くなっていく場所を私は辿ったの」


 一番強いのは貴女の部屋だったわ。そして窓が開きっぱなしだった。

 そうミランダさんは私の目を見て言った。
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