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第一章

二十九話

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 リンナの姉から過去に聞いたことがある。

 彼女の家には地下室があるということを。

 お仕置きの中で、そこに閉じ込められる罰が一番嫌だったと少女の頃言っていた事を覚えている。

 私は物言わなくなった人面花の鉢をそっと持ち上げた。

 中央にあった顔は今は萎れた花びらたちに包まれるように隠され表情は伺えない。

 生きているのか死んでいるのかすらわからない。

 ただ鉢の底に空いている丸い穴から伸びた根は僅かに脈動しているようだった。

 恐らくこれを断ち切ってしまえば彼の命は確実に絶たれるのだろう。

 逆に、このまま胴体部分を魔物から奪い返せばリンナの父親は無事元の体に戻れるのだろうか。
 
 ちゃんと普通の人間の姿になれるならいいが、現状のままならばそれは死ぬよりも辛いことかもしれない。

 しかしどうして彼はこのような惨い姿で生かされていたのだろう。

 ライルへの人質というだけならば、このような異形に変える必要は無い筈だ。

 それを確かめる為にも私は地下室に行かなければいけない。

 鉢を根を傷つけないように床に戻す。


「ミランダさん、地下室に行きましょう」

「地下室?」

「はい、この家の中に絶対あります。私はそこに行かなくてはいけないんです」

「……入り口は、わかるの?」


 彼女の問いかけに私は頷く。

 墓地に続いていた二本の根。

 一つはリンナの父親の鉢植えに繋がっていた。

 もう一本の先を探す。

 鉢植えは複数あったが他の根は道中でエミリアさんと断ち切ってきたので判別は容易だった。

 そして、それは部屋の隅にある大きな鉢の下に続いていることがわかった。

 他の鉢植えに生えている植物を興味深げに観察していたミランダさんを呼ぶ。

 鉢が空なら自力で動かせるが残念ながらみっしりと土が詰まっている。

 植物は生えていないようだが、私一人では動かせそうにない気がした。

 助力を願うつもりで呼んだ魔女は、私が口に出して頼む前に軽く何事かを呟いた。

 すると重そうな鉢がふわふわ浮き上がる。


「あっ」


 鉢の下に繋がっていた根は、人面花の時のように鉢自体には繋がっていなかった。

 床に空いた小さな穴に飲み込まれるように消えている。

 先が見えない根のゆっくりと蠕動するような動きが不気味だった。

 その穴の横には小さな木の取っ手らしき物が埋め込まれている。地下への扉だ、私は呟いた。

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