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第一章

十九話 ※エミリア視点

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 魔物に侮辱されたアデリーンが来た道へ駆け戻っていく。

 一瞬その行動に驚きはしたが、耐えられなくても仕方がないとエミリアは思った。

 そして、好機だとも。

 吸った息を止め、跳ぶ。

 次の瞬間にはリンナの鳩尾が目の前にあった。

 ライルの体が盾にされているがどうでもいい。拳を打ち込めるだけのスペースがあればいい。

 利き腕に光の魔力を集中させる。

 無言のままエミリアはリンナを拳で貫いた。


「あっ」


 軽い驚きの声が女の赤い唇からもれる。

 しかしエミリアには敵を仕留めたという達成感はなかった。

 なぜなら案山子を殴ったような、虚しさがした。 

 せめてとライルを思いきり蹴り飛ばしてから魔物と距離を取る。

 流石にそこまで鈍ってはいないらしく、勇者は難なく受け身を取って少し離れた場所に着地した。


「いってぇ」

『喝ですわ』

「うるせぇよ暴力女」

『その甘ったれた口の悪さ、どうにかなりませんの』


 貴男が私の弟なら拳で躾けている所ですわ。

 そうエミリアは言い返して、リンナの方を見る。

 その腹にはぽっかりと穴が開いている。綺麗な空洞だった。血の管や臓物が零れ落ちる様子もない

 この魔物は自分たちとは相性が悪い。そう確信した。


『ミランダを連れてくるべきでしたわね』


 ここに来て初めて弱音のようなものをエミリアは吐いた。

 腹をぶち抜かれた姿のままでリンナは平然とした顔をしている。

 物理攻撃があまり有効ではないタイプなのだろう。 

 人面花や、今もう一人の青年を拘束する茨を見てわかる通り植物系統の魔物に違いない。

 元より魔物と人間の体の作りや弱点が同じだとはエミリアは思っていない。

 だが魔物ごとに最適な倒し方というのがある。こういった輩は一気に焼き尽くすのが一番楽だ。

 
「痛くはないけど、むかついたなぁ」


 そう不快気に口を尖らすリンナは台詞程にはダメージを受けた様子はなかった。

 ただ腹の穴を修復する様子もない。

 ここは墓場だ。植物系の魔物にとって肥沃な土地の筈だと言うのに。

 リンナが地中から栄養を吸い上げ回復しないことをエミリアは不審に思った。

 あの長いロングスカートはてっきりその下のおびただしい根を隠す役目をしていると思っていたのに。


「あったま来たから、見せしめにパパ殺しちゃおっと。人質はレンさんがいるからいいよね」


 容赦なく判断を下したリンナに、止めろとライルが叫んだ。

 その姿は勇者と言うよりも、無力なただの村人のようだ。

 魔王を討伐した自分たちがこの程度の魔物に遊ばれている事実に苛立ちを通り越して滑稽な気持ちになる。

 本来の己なら魔物との相性の悪さなど気にせず粉砕できていただろうに。

 魔王を倒せる力を持つことを恐れられ、凱旋後に人間たちの手によって力を制限される羽目になるとは。

 ライルは勇者であることから特に『手酷く』やられたと聞く。

 ただ今は、できることをやるしかない。封印者たちへの文句はことが終わった後だ。

 勇者に対する失望と憐れみを同時に感じながらエミリアはレンと呼ばれた青年の方を見た。

 茨に拘束され苦し気にしながらも、その表情には覚悟のようなものが見える。

 恐らく人質になり村を危険に晒すぐらいなら命を絶つだろう。

 だからこそ、そうさせない為に拘束されているのだ。

 ライルのことを考えると、彼の命は最低限奪われてはならないと思う。


『何が目的ですの』


 エミリアはリンナに尋ねた。止めろと懇願すれば逆にこの魔物は嬉々としてそれをするだろう。

 ならば別の話題に切り替える。出来れば相手が話したくて堪らないような内容に。

 人間は自分が優位に立っていると思い込んでいる時は寛大になる。応じる可能性はそれなりにある。

 その点だけは魔物も同じだとエミリアは魔王討伐の旅の中で知っていた。

 ミランダは先程呼んだ、アデリーンが来た道を戻っているのならその内合流するだろう。話を聞けばここへ駆けつけるに違いない。

 時間稼ぎが、したい。

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