上 下
19 / 66
第一章

十八話

しおりを挟む
 ライルは抵抗しなかった。

 彼の唇からリンナの真っ赤な唇が離れる。

 私はそれを茫然と見ていた。

 リンナはそんな私を見て馬鹿にしたように笑う。


「勇者の癖に情けないって、今思ったでしょ」


 勇者でもないそこの男は自分の恋人だろうと刺し殺そうとしたのね。

 そうリンナが指さす先にはレン兄さんがいた。

 よく見ると彼の脚には幾つもの茨のような物がきつく巻きついている。

 棘のせいかそれとも抵抗した際に傷ついたのかレン兄さんの服には所々血が滲んでいた。

 彼を拘束しているそれはルーナ姉さんの形をした存在ものから生えているようだった。


「抱き締めたと思ったら容赦なくナイフ背中にぶっ刺してさ。そんな事しといて泣いてるのまじうける」


 大体背中刺した位で死ぬ魔物なんていないのにね。馬鹿にしたように笑う女を殴りたいと思った。


「でも勇者様ならさぁ、村に犠牲なんて出さず魔物ぐらい即見つけて殺せって話だよねえ?」


 無能過ぎない?そう嘲りながらもリンナはライルから離れようとしなかった。

 恐らくエミリアさんを警戒しているのだろう。

 リンナの父親を人質にライルの動きを封じて、エミリアさんに対してはそのライルを盾にする。

 ただその狡猾な策はライルが抵抗すればあっさりと打ち破ることができるだろう。

 抵抗すればだが。


「でもライル君が私を見つけられなかったのはまあ仕方ないのよね。私が目覚めたのってつい最近だし」

『……目覚めたということは、貴様はどこかに封印でもされていたのですか』

「封じられていたっていうかータネみたいな感じで栄養貰いながら埋まってた感じね。良い頃合いだから出てきたけど」


 エミリアさんの言葉に飄々とした調子でリンナが回答する。

 種状態で埋まっていたということは、やはり植物系の魔物なのだろうか。


「良い頃合いって、どういうことよ」


 今度は私からリンナに話しかける。

 待ってましたとばかりに魔物は唇を吊り上げた。


「アデリーン、あんたからライル君を盗みたい。それがリンナアタシの願いだった」

「は……?」 

「そしてアタシはそれを叶えた。聞いてたんでしょ、アデリーン」


 自分の部屋の前で。そう言われて体から血の気が引く。

 あの時の会話を思い出す。

 私の部屋で逢引きをしていたリンナとライルの会話を。


「アンタさあ、ライル君にすっごく尽してたよね。大事な宝物を手入れするみたいに」


 だから欲しくなったんだって。そう手をひらひらと動かしてリンナが言う。

 私は彼を見た。ライルは私から目を逸らした。頭に血が上る。


「ねえ、今でもライル君が大事?いなきゃ死んじゃう?便利に使われてるだけでも?」


 挑発だとわかっているのにリンナの言葉が私の脳みそを煮え滾らせる。

 こんなことに感情を動かしている場合じゃない。私は足元を見た。二本の根。一つはおじさんの命をつなぐもの。

 この通り、人の命がかかっている。冷静になれアデリーン。

 そう自分に言い聞かせている私の心にリンナは止めを刺そうとした。


「アンタなんてさぁ、居ても居なくても同じなんだよ」


 お姫様でもなんでもないただの村娘なんだから。


 私はその場から全力で逃げ出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

彼を奪った幼馴染が、憎くて憎くて仕方がない

ヘロディア
恋愛
付き合いたての恋人と、頻繫に愛し合ってお互いを求めている幸福に溺れている主人公。彼女は幸せの絶頂期にいたが、ある日突然彼に別れを告げられる。 2週間後、元カレとなった彼は知らない女性と街を歩いていて…

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...