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第四章
85話 勇気と決意
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それは泣きながらとぼとぼと歩いている女の人だった。
足場の悪い森の中を顔を覆いながら歩いているので危なっかしいことこの上ない。
ボクがそんなことを考えていると本当にその人は転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
駆け寄って彼女を相手を助け起こす。その顔を見た瞬間、息が止まった。
「か、母さん……」
不健康なまでに白い肌、光のない漆黒の髪。
赤い瞳を涙に濡らした痩せ気味の女性はボクが故郷に置いてきた母とよく似ていた。
その弱々しさ迄も。でも母はこんな場所に居る筈がない。
病弱で家の外に出ることさえ滅多にない人だった。
ボクは不思議そうな顔でこちらを見つめている女性に謝る。
「ごめんなさい、人違いでした」
「いいえ、こちらこそ服を汚してしまってごめんなさい……」
逆に謝られ、ボクは自分の服を見る。
彼女を助け起こした際についたのか確かにズボンやシャツに泥が点々とついていた。
でも転んだせいか目の前の女性の汚れ具合はボク以上だ。長く綺麗な髪や白い手にも泥がついているし、何より酷く疲れているように見える。
「気にしないでください、それより具合が悪いなら家に帰って休んだ方がいいですよ」
体の弱い母のことを思い出しつつ妙齢の女性に言う。すると彼女は再びしくしくと泣き出した。
多分綺麗な人だとは思うけれど、随分と窶れていて幽霊のようにさえ見える。
「帰りたい、帰ってきて欲しい、私の坊や……!」
嘆く声は家出した自分に対する母のもののようだった。だから胸が痛くなる。嫌な偶然だ。
けれど彼女の言う坊やはボクのことではない。そう己に言い聞かせボクは口を開いた。
「坊やって、あなたのお子さんのことですか?」
「ええ、そうよ……危ないって言ったのに薬草取りに一人でこの森に入ってしまったの……」
そう言いながら女性は激しく咳き込む。その背を撫でながらボクは暗い気持ちになった。
この森の中はそれなりに歩いたけれど迷子らしき男の子の姿は見ていない。
この母親はボクがまだ行ってない森の奥から姿を現した。子供はそこにも居なかったということだろう。
森を捜しまわれば無事見つかるというレベルでは無くなっているのかもしれない。
なるべく気落ちさせない言葉を選んで話しかける。
「そうですか、でもボクはこの森で男の子を見かけませんでした。もしかしたら家に帰ってるかも……」
「違うわ!森の洞窟に入っていったのよ!」
予想以上の強さで反発されて少したじろぐ。洞窟という単語が急に出てきたことにも内心驚いていた。
「洞窟、ですか?」
「そうよ、洞窟の入り口にあの子の帽子が落ちていたわ。私が誕生日にあげた帽子が……いいえあの子がそんな大切なものを落とす筈がない!きっと洞窟の魔物に攫われたのよ!」
「お、落ち着いて……」
「なのに男たちは洞窟に入るなって私に言う!危険だからって捜しに行ってすらくれない!このままじゃあの子が死んでしまうのに……!!」
激しく泣きじゃくる女性に落ち着いて欲しいと願いながらボクは他にも色々なことを考えていた。
やはりアキツ村の洞窟に魔物はいるのだ。村の男性たちが戦いたくないと思う強さのものが。
でもそれを討伐しにローレルの街とかから冒険者たちがこの村を訪れている筈じゃないだろうか。
灰色の鷹団のメンバーも来ている筈だ。慈悲深いエストさんに頼めば二つ返事で引き受けるに違いない。
「あの、村の洞窟の魔物退治に冒険者が来てるって話を聞いたんですけど……」
「冒険者たちが……? それはもう片方の洞窟だわ。彼らは今日はまだ戻ってきてない筈」
「えっ、洞窟が二つあるんですか?!」
そんなの初耳だ。つい驚きの声を上げたボクに黒髪の女性は頷く。
「有名なのは入口に祭壇が飾られている方だけれど、もう一つあるのよ……」
「そうだったんですか」
「柵がしてあるけれど、時々その柵が消えるという噂はあったわ。あれは魔物が出入りしてた証拠だったのね……」
早く助けてあげないと息子が魔物に食われてしまうかもしれない。
憔悴した顔で森の奥を見つめる母親の顔にボクはトマスさんのことを思い出した。
そして彼の息子を命がけで助け出したアルヴァさんのことを。
腰の剣に軽く触れ勇気をもらう。
「わかりました、ボクがその子を助けます」
巨大スライム戦の時とは違う。
無力で助けを求めにいくことしかできないボクじゃない。
火猪程度なら倒せる。最低限、洞窟の中に様子を見に行くぐらいなら大丈夫な筈だ。
「あ、ありがとう、本当にありがとう……!」
感激したように泣かれボクは慌てて礼を言うのはまだ早いと否定した。
「でも、その気持ちが嬉しくて……そういえばあなた、お名前は?」
「ボクはクロノ、クロノ・ナイトレイです。そういえばあなたは」
「私? 私はキルケーっていうの。よろしく、若い冒険者さん」
「はい!」
そしてボクはキルケーと名乗った彼女の案内でもう一つの洞窟へと急いだ。
故郷の昔話で聞いた悪い魔女と同じ名前だと思ったが失礼だと思ったのでそのことは話さなかった。
足場の悪い森の中を顔を覆いながら歩いているので危なっかしいことこの上ない。
ボクがそんなことを考えていると本当にその人は転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
駆け寄って彼女を相手を助け起こす。その顔を見た瞬間、息が止まった。
「か、母さん……」
不健康なまでに白い肌、光のない漆黒の髪。
赤い瞳を涙に濡らした痩せ気味の女性はボクが故郷に置いてきた母とよく似ていた。
その弱々しさ迄も。でも母はこんな場所に居る筈がない。
病弱で家の外に出ることさえ滅多にない人だった。
ボクは不思議そうな顔でこちらを見つめている女性に謝る。
「ごめんなさい、人違いでした」
「いいえ、こちらこそ服を汚してしまってごめんなさい……」
逆に謝られ、ボクは自分の服を見る。
彼女を助け起こした際についたのか確かにズボンやシャツに泥が点々とついていた。
でも転んだせいか目の前の女性の汚れ具合はボク以上だ。長く綺麗な髪や白い手にも泥がついているし、何より酷く疲れているように見える。
「気にしないでください、それより具合が悪いなら家に帰って休んだ方がいいですよ」
体の弱い母のことを思い出しつつ妙齢の女性に言う。すると彼女は再びしくしくと泣き出した。
多分綺麗な人だとは思うけれど、随分と窶れていて幽霊のようにさえ見える。
「帰りたい、帰ってきて欲しい、私の坊や……!」
嘆く声は家出した自分に対する母のもののようだった。だから胸が痛くなる。嫌な偶然だ。
けれど彼女の言う坊やはボクのことではない。そう己に言い聞かせボクは口を開いた。
「坊やって、あなたのお子さんのことですか?」
「ええ、そうよ……危ないって言ったのに薬草取りに一人でこの森に入ってしまったの……」
そう言いながら女性は激しく咳き込む。その背を撫でながらボクは暗い気持ちになった。
この森の中はそれなりに歩いたけれど迷子らしき男の子の姿は見ていない。
この母親はボクがまだ行ってない森の奥から姿を現した。子供はそこにも居なかったということだろう。
森を捜しまわれば無事見つかるというレベルでは無くなっているのかもしれない。
なるべく気落ちさせない言葉を選んで話しかける。
「そうですか、でもボクはこの森で男の子を見かけませんでした。もしかしたら家に帰ってるかも……」
「違うわ!森の洞窟に入っていったのよ!」
予想以上の強さで反発されて少したじろぐ。洞窟という単語が急に出てきたことにも内心驚いていた。
「洞窟、ですか?」
「そうよ、洞窟の入り口にあの子の帽子が落ちていたわ。私が誕生日にあげた帽子が……いいえあの子がそんな大切なものを落とす筈がない!きっと洞窟の魔物に攫われたのよ!」
「お、落ち着いて……」
「なのに男たちは洞窟に入るなって私に言う!危険だからって捜しに行ってすらくれない!このままじゃあの子が死んでしまうのに……!!」
激しく泣きじゃくる女性に落ち着いて欲しいと願いながらボクは他にも色々なことを考えていた。
やはりアキツ村の洞窟に魔物はいるのだ。村の男性たちが戦いたくないと思う強さのものが。
でもそれを討伐しにローレルの街とかから冒険者たちがこの村を訪れている筈じゃないだろうか。
灰色の鷹団のメンバーも来ている筈だ。慈悲深いエストさんに頼めば二つ返事で引き受けるに違いない。
「あの、村の洞窟の魔物退治に冒険者が来てるって話を聞いたんですけど……」
「冒険者たちが……? それはもう片方の洞窟だわ。彼らは今日はまだ戻ってきてない筈」
「えっ、洞窟が二つあるんですか?!」
そんなの初耳だ。つい驚きの声を上げたボクに黒髪の女性は頷く。
「有名なのは入口に祭壇が飾られている方だけれど、もう一つあるのよ……」
「そうだったんですか」
「柵がしてあるけれど、時々その柵が消えるという噂はあったわ。あれは魔物が出入りしてた証拠だったのね……」
早く助けてあげないと息子が魔物に食われてしまうかもしれない。
憔悴した顔で森の奥を見つめる母親の顔にボクはトマスさんのことを思い出した。
そして彼の息子を命がけで助け出したアルヴァさんのことを。
腰の剣に軽く触れ勇気をもらう。
「わかりました、ボクがその子を助けます」
巨大スライム戦の時とは違う。
無力で助けを求めにいくことしかできないボクじゃない。
火猪程度なら倒せる。最低限、洞窟の中に様子を見に行くぐらいなら大丈夫な筈だ。
「あ、ありがとう、本当にありがとう……!」
感激したように泣かれボクは慌てて礼を言うのはまだ早いと否定した。
「でも、その気持ちが嬉しくて……そういえばあなた、お名前は?」
「ボクはクロノ、クロノ・ナイトレイです。そういえばあなたは」
「私? 私はキルケーっていうの。よろしく、若い冒険者さん」
「はい!」
そしてボクはキルケーと名乗った彼女の案内でもう一つの洞窟へと急いだ。
故郷の昔話で聞いた悪い魔女と同じ名前だと思ったが失礼だと思ったのでそのことは話さなかった。
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