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第三章

80話 鏡写しの卑屈と傲慢

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 俺は卑屈な笑みを浮かべる男を冷たく眺めた。
 縋りつくような眼をしている。ミスを上役にばれないよう隠蔽しようとしている人間の焦りがそこには見えた。
 クロノの姿など最初から目撃しなかったことにすればいいのに。
 森の中で擦れ違った村人たちのことを思い出す。
 恐らく村長はウィアードにそこまで見張り役を期待していない。
 実際彼は洞窟への侵入者に対し後を追うこともできず、村人に情報共有することも出来ずにいた。
 俺たちが今日偶然森に来なかったら胃を痛めつつ現状維持をし続けただろう。
 少し前に出会ったばかりなのにそんなことまで予想できてしまう。
 目の前の男があまりにも、俺に似過ぎているから。 

「なあ、どうするアルヴァ」

 レックスが俺の肩を軽く叩き訊いてくる。

「お前まだ腕の火傷が治ってないんだろ、洞窟に入るなら俺もついていくが」 

 そう言われ内心で大いに迷う。
 洞窟には入る予定だったが、それは今ではなかった。色々な意味で準備が出来ていない。
 そしてレックスを魔物のいる洞窟同伴していいのか。彼の体は見事に鍛えられているが、魔物との戦闘に慣れているとは思えない。
 もし俺とレックスが洞窟内で大怪我をした場合、誘った魔物使いは間違いなく逃げるだろう。逃げられるならの話だが。
 自分が責任追及されるのを恐れ助けすら呼ばない可能性さえある。
 だがもしウィアードが俺たちの死を隠ぺいしようとしてもすぐに露見すると思う。
 冒険者が潜ったダンジョンで死ぬのは自業自得だが自警団団員のレックスはそうではない。彼にはローレルの街の住人なのだ。 
 アキツ村まで馬車で送ってくれた人物もレックスの知り合いだ。家族が足取りを追うのに苦労はしない筈だ。
 だからといってレックスが死んでもいい理由には全くならないが。
 やはり同伴は断るべきだろう。彼には宿で一晩待機して貰い俺が帰ってこなかったら村人に報告する役割を頼みたい。
 しかしそれをウィアードの目の前で言うのは何故だか気が引けた。俺はもう少し考えた後口を開く。  
 
「洞窟に入る予定じゃなかったから回復アイテムとかを持ってきてないんだ。一旦宿に帰らせてくれ。数十分後にここで合流しよう」
「えぇ……?」

 驚きと不満が混ざり合った声をモンスターテイマーは森の中に吐き出した。 
 俺はそれを咎めるような言葉をあえて繰り出す。

「なんだ、魔物が居る洞窟に準備なしで入らせるつもりなのか?それで俺が死んだらお前が生き返らせてくれるのか?」
「えっ、それは、無理です、すみません」
「だったら準備ぐらいさせろ。こっちはお前の頼みを聞いてやるんだ、本当は金だって貰いたいぐらいなんだぞ」
「お、お金は……すみません、あのなるべく早く戻ってきていだたけたらと……」
「わかってるよ、行くぞレックス」
「お、おう……」

 俺の強引な畳みかけに少し戸惑った様子の青年に声をかけ俺たちは森を一旦後にした。
 ウィアードの「待っていますよ」という不安と執着の入り混じった細い声をまるで地縛霊のようだなと不気味に思った。
 数十分後にはスライム一匹だけを従えたあの男と二人で洞窟に潜ることになるのか。彼を戦力に数えることは出来ないだろう。
 それでもクロノが魔物のいる洞窟へ入ったかもしれないという情報を聞いた以上速やかに後を追わない選択は無かった。
 彼女には戦いの才能がある。ある程度の強さの魔物なら火猪のように一刀両断してしまえるだろう。
 しかしそれは敵が一体だったらの話だ。火猪を倒した後に魔力切れで昏倒してしまったようにクロノはまだ連戦には向いていない。 
 エストからきた手紙を読んだ限りでは洞窟に封印されている魔物は一体や二体ではないだろう。
 潜む魔物たちの単独戦闘力がクロノに劣っていても数は勝る。総力戦を仕掛けられスタミナ切れを狙われたら危険だ。
 宿に向かう俺の足は知らず早足になっていた。
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