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第三章

50話 父の決断

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「しっかしどいつもこいつも下らないわね。他人の親のことなんてどうでもいいじゃない」

 うんざりよとミアンが吐き捨てる。
 その言葉は道徳的な価値観から出たというよりも、自らもそれで嫌な思いをしたことがあるという憎々しさが感じられた。
 彼女が自己申告通りの貴族令嬢で今は冒険者として暮らしているのなら何かしら抱えている事情はあるのだろう。クロノだってそうだった。 
 女性たちの過去に思いを馳せつつ俺は目の前の二人を無言で眺める。
 この父子の外見は全く似ていない。少しでも似ている部分があれば血の繋がりが無いと揶揄されることも無かっただろうに。
 だが紛れもなく家族としての強い情はある。
 トマスは子供のために全て差し出すと俺に言った。
 マルコは父を傷つけたくなくて自分が虐められている理由を黙っていた。
 互いが互いの心を大切に思うなら、種違いがどうのなど外野が言うのは余計なお世話だ。
 だがそんな正論など下品な連中には通じないだろう。良識があるのなら子供に聞こえるように陰口など叩かない。
 俺はトマスに言った。

「お前、息子の将来を考えるならこの街を捨てろ」

 その台詞に驚いた声を上げたのは女性陣だった。
 肝心のトマスは難しい顔をして黙っている。代わりに抱きかかえられた息子が目を見開いていた。
 男同士で楽しくもなく見つめあっていると根負けしたようにトマスが溜息を吐く。 
 
「この街にはあいつの思い出がある……って言ってもお前はくだらねえって返すんだろうな」
「くだらねえよ、いつまで死んだ女に色ぼけてやがる」

 俺の言葉に男は怒りもせず項垂れる。それが答えの全てだった。

「悪い噂ばかりなのは生きてる内からだったさ。だが……死んでも許されねえもんかね」
「許す許さないじゃなく忘れるか忘れないかだろ、あいつらは」

 そして母親似のマルコがこの街で暮らし続けていれば忘れられることはない。
 大人たちだけでなくその子供まで彼を虐めているなら親から子に悪評は受け継がれているのだろう。

「……あいつの男狂いは病気みたいなもんで、それ以外は本当に良い妻で母親だったんだ」
「俺に言うなよ、大体」

 お前だって納得できず妻と寝た俺を殺しかけたじゃないか。
 流石に子供の前でそこまで口には出来ない。だがトマスは察したようだった。

「あの時は悪かったよ。だがあいつはお前とあんな風になる前は……いや、ただの偶然か」

 相手が一人では終わらなかったもんな。妻の数々の不貞行為を思い出したのか、トマスは疲れたように溜息を吐いた。
 しかしその言葉の中に気になることがあった。まるで彼の妻が他の男と寝るようになったのはアルヴァが切っ掛けだとでも言うような。
 心当たりはない。思い出せないかもしれないというのが怖かった。
 だがトマスの言う通り偶然の可能性が高い。もし彼女が夫がいながらアルヴァに心底惚れこんだというのなら、別の男たちと寝たりはしないだろう。
 どの道、当事者は亡くなっている。トマスがもう俺を恨んでないと言うのなら掘り下げることもない。 

「わかった。お前の提案通り俺たちはこの街を出る。今は死んだあいつより、マルコの方が大切だ。……わかってたんだがな」

 はっきり言ってくれて有難う。そう頭を下げる男に俺は礼を言われるようなことじゃないと返した。
 
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