上 下
34 / 131
第二章

第34話 ジャイアントキリング

しおりを挟む
 気が付けば俺は公園にいた。
 やたら広い癖に遊具はブランコと小さな滑り台しかない。
 少し考えた後思い出す。小学校に上がる前俺は毎日のようにこの場所にいた。
 母が買い物に行く度、家とスーパーの中間にある公園に俺は放置された。
 迎えに来るまで大人しく遊んでいなさいという命令と一緒に。
 きっと店内で幼い俺が菓子をねだったりするのが煩わしかったのだろう。
 ブランコも滑り台も危ないから一人で遊ぶのは禁止されていた。
 だから俺はじっとうずくまって、ただひたすら買い物袋を持った母親の帰りをそこで待っていた。
 そんな場所に、既に灰村タクミでなくなった俺は何故かいる。


「いいえ、あなたは灰村タクミですよ」 


 涼やかな声が俺の心の声を優しく否定した。
 気が付けば青いペンキが剥がれかけたベンチに一人の女が座っていた。
 輝くように真っ白なワンピースにつばの広い帽子。どこか浮世離れした格好に眼鏡が現実感を与える。

「エレナ……」

「あなたを繋ぎ止める思い出はいつも、悲しみと寂しさを孕んでいるのですね」

 だからこそ棘となり突き刺さるのでしょうか。そう呟くように言いながら女神は立ち上がる。
 彼女が純白の帽子を自らの頭上から取り去ると同時に公園が消える。
 神殿の床をどこか懐かしい気持ちで踏み締めながら、俺は知の女神に相応しい恰好になったエレナを見つめた。
 彼女は厳しい表情でこちらを見つめ返す。もしかして怒っているのだろうか。
 こちらの心が読める筈なのにエレナは何も告げない。つまりこれは怒っているということなのだ。
 俺はその理由をあれやこれやと考える。そしてこれだろうというものに目星をつけた。

「もしかして、俺が死にかけたことに怒ってます?」
「怒っているのは私だけではないですけれどね」

 あなた本当に元一般人ですか? そう美しい瞳が疑わし気にこちらを睨む。
 俺は困ったように笑うしかなかった。どう答えればいいかわからなかったのだ。
 灰村タクミとしてならイエスだ、でもアルヴァ・グレイブラッドとしてならノーだろう。
 エレナはそんな俺を見て溜息と共に表情を和らげた。

「私に対してなら灰村タクミとしてで構わないですよ。私はあなたをそのように扱いますので」 
「えっ……」

 なんだろう。彼女の言葉に凄く救われた気持ちになる。俺は自分で思うよりずっとアルヴァ・グレイブラッドとして生きていくのが重荷なのかもしれない。
 いや違うな。そうじゃない。
 アルヴァとして生きていくことではなく、自分が灰村タクミでもある事実を誰にも言えないことがきっと苦しかったんだ。

 ミアンや巨大スライムとの戦いの中で、アルヴァとしての自分がどんどん増えていった。
 そして当たり前だけれど周囲は俺をアルヴァ・グレイブラッドとして扱って話しかけてくる。
 それでいい。そうやって生きていく。覚悟した筈なのに、心の奥底で不安と孤独がざわついていた。
 アルヴァとして生きていくことで俺は自分が灰村タクミだったことを忘れてしまうのではないかと。

 でもそうか、エレナがいる。
 俺がどれだけアルヴァ・グレイブラッドそのものになっても、彼女は俺の中に灰村タクミを見つけてくれる筈だ。

 そして俺自身が灰村タクミであることを忘れてしまっても、きっと彼女を見れば思い出せる。

「全く、知の女神である私を栞代わりにしようなんてあなたぐらいですよ」 

 呆れたように、でも優しい声でエレナは俺に言う。

「ごめん、じゃなくて……ありがとう」

「はい」

 俺の不器用な返答を受け知の女神は微笑む。そして俺を細く柔らかな腕で抱きしめた。

「あなたはよく頑張りました、個神的には死にかけてまで頑張って欲しくはなかったけれど」

 俺も死にかけてまで頑張るつもりはなかった。
 自分でも気づかなかったけれど、通り魔の件と言い俺は結構頭に血が上りやすいのかもしれない。

「……ある意味それも英雄の資質ではあるのかもしれませんね」

 あなたの自らの命を顧みず、弱者を救おうとする性質は。
 そう言いながら滑らかな白い手が俺の頬を優しく撫でる。
 少しして離れたその美しい指先は鉄錆の色に染まっていた。

「でもね、命は大切にしてください。自らを投げ捨てるような戦い方はもうしないで」
「エレナ……」 
「あなたが傷つくと悲しむ者がいることを二度と忘れないで」

「……わかった」


 泣き出しそうな彼女の瞳と声に俺は頷く。前回の別れの時と同じように互いの唇が近づく。
 エレナは俺を灰村タクミとして扱うと言ってくれた。
 でもきっとこんな風にたやすく女性に触れることが出来るのはアルヴァの経験からなのだろう。
 前は気づかなかったけれど、今なら理解できる。
 でもそれでも俺は彼女の前では灰村タクミでいたい。


『条件クリア、アルヴァ・グレイブラッドハ巨神殺シノ称号ヲ得マシタ』

 新タナスキルガ取得デキマス。

 唇が触れ合う直前、無機質な声が俺たちの頭上に響いた。


しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば
ファンタジー
急遽異世界へと転生することになった九条颯馬(30) 小さな村に厄介になるも、生活の為に冒険者に。 ギルドに騙され、与えられたのは最低ランクのカッパープレート。 それに挫けることなく日々の雑務をこなしながらも、不慣れな異世界生活を送っていた。 そんな九条を優しく癒してくれるのは、ギルドの担当職員であるミア(10)と、森で助けた狐のカガリ(モフモフ)。 とは言えそんな日常も長くは続かず、ある日を境に九条は人生の転機を迎えることとなる。 ダンジョンで手に入れた魔法書。村を襲う盗賊団に、新たなる出会い。そして見直された九条の評価。 冒険者ギルドの最高ランクであるプラチナを手にし、目標であるスローライフに一歩前進したかのようにも見えたのだが、現実はそう甘くない。 今度はそれを利用しようと擦り寄って来る者達の手により、日常は非日常へと変化していく……。 「俺は田舎でモフモフに囲まれ、ミアと一緒にのんびり暮らしていたいんだ!!」 降りかかる火の粉は魔獣達と死霊術でズバッと解決! 面倒臭がりの生臭坊主は死霊術師として成り上がり、残念ながらスローライフは送れない。 これは、いずれ魔王と呼ばれる男と、勇者の少女の物語である。

処理中です...