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アイリスフィアの章

新しい縁

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 その後王都を去ることになったのは私ではなく、ジルク王子とその母君サンドラ王妃だった。

 聖女レノアに恋焦がれるも相手にされず惚れ薬で思いを遂げようとしたジルク王子。

 そして息子の恋を手助けする為にセイレーンの涙という邪薬を与えた王妃。

 彼らは王命で身分を剥奪され罪人の烙印を額に押された後追放された。

 今後二人が王の許しなく王都に足を踏み入れれば問答無用で処刑されることになるらしい。

 それを公爵である父から聞かされた時、随分と苛烈な判断だと思った。

 けれど今になって思うことがある。サンドラ王妃は「セイレーンの涙」をいつから持っていたのだろうと。

 彼女はあの毒薬を過去に使ったことがあるのではないかと。

 女性である彼女が薬で相手を惑わし、孕み、妻として娶られたのなら。

 そして結婚後もセイレーンの涙の効果で相手を操っていたなら。操られていた夫がそのことに気づいたなら。

 許せないだろうし、セイレーンの薬の効果が出ない場所まで遠ざけたくなっても仕方がないかもしれない。

 殺す権利を持っているのに殺さないだけ慈悲深いのかもしれない。それらの考えはすべて私の妄想でしかないのだけれど。 

 王室は吃驚する程自分たちの醜聞を世間に隠そうとしなかった。ジルク王子が聖女レノアに薬を盛ったことだけではない。

 私も婚約者である彼にセイレーンの涙を使われた被害者という扱いになった。それは確かに事実だ。

 けれど、ジルク王子が私に薬を盛った訳はレノアに使う前の「実験」としてということになった。

 その実験の結果、学生時代後半の私は一部正気ではなかったということにされた。この前の女神の式典の時もだ。

 つまり私がかなりの期間、聖女レノアにしていた嫌がらせや暴言行為は御咎めなしになった。

 そして非道な婚約者に実験体として利用され捨てられそうになった哀れな令嬢という肩書が私には与えられた。

 事件から少し経った頃、驚くことに次期国王であるグラン王子との婚約を王室側から提案された。

 だけど私は傷ものだ。誰にも、母にさえ教えていないけれど。いや、もしかしたら彼女は。

 けれど王室側はそのことを知っているだろう。ジルクから聞けばすぐわかることだ。

 その上で妻として迎えると、それが彼らなりの慈悲であり、私に対する最大級の謝罪なのだと理解していた。

 グラン王子のことを私はよく知らない。嫌いではない。寡黙だが誠実そうな人だと感じている。

 今のところ世間は私に同情的であるが、同時にそれは私が「使い捨てられた女」だと知られているということだ。

 これ以上の良縁はないだろう。グラン王子は嫌いではない。

 ジルク王子と婚約した時のことを思い出した。

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