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アイリスフィアの章

訣別を告げるのは自分自身で

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 私が過去に思いを馳せていると聞き慣れた声に呼ばれた。

 ジルク王子だ。遠く離れた場所から叫ばれる。


「僕を助けろアイリスフィア!」


 どうやって。まずその疑問が浮かんだ。

 次に「どうして?」

  私には自分を捨てようとした婚約者を救う方法も救う理由も思いつかない。

 そのように思考こそ冷静だが胸の辺りは燃えるように熱くなっていた。

 セイレーンの涙の毒がジルク王子からの呼び声に暴れているのだ。


「……っ」


 唇を噛んで耐える。

 私が即座に拒否しなかったせいがジルク王子は次々言葉を投げていく。

 近くにいる人間に彼の口を塞いでほしいが、第二王子という彼の立場が周囲からの拘束を弾く盾となっていた。


「お前は僕の婚約者だ!将来の王妃だ!そうだろう?!」

「……先程、私との婚約を破棄すると仰っていましたが?」

「あれはなしだ!だからセイレーンの涙もなしにしろ!」

「……は?」


 彼は何を言っているのか。そう思ったのは私だけではないだろう。

 ジルク王子は距離の離れた私にも聞こえる大声で話しているのだから。


「僕とお前は両想いの恋人同士だ、だから惚れ薬など使っていない。そうだな……使ったのは、媚薬だ!」


 周囲がざわめく。私も顔を真っ青にした。

 ここにきて何ということを言い出したのだ。


「本日お前に婚約破棄を伝えたのも、お前の僕への愛が本気か試したからだ!その為に聖女レノアに協力いただいたのだ!!」


 そういうことにしろと、目をきらきらとさせてジルク王子が言う。眩暈がしてきた。

 彼の顔を凝視すると肌はどす黒く流れるような汗で異常な有様だった。己が窮地にいることは自覚しているのだなと少し安堵する。

 私はその醜い顔ではなく、女神のように美しい顔の方へ尋ねた。


「聖女レノアは、彼はああ仰っていますがジルク王子に何か協力をされたのでしょうか」

「いいえ、アイリ様。少し前からしつこくお茶を勧められるので数回に一回は応じておりましたがそれ以上は何も」


 変な味だったので飲み干さず調査に回すことは致しましたが。レノアはそうさらりと続ける。


「その結果セイレーンの涙という毒物を知ったのです。詳しい情報が知りたくて私はジルク王子と数回話しました。

 ジルク王子は私に毒が効いていると思い込み酷く馴れ馴れしく横柄な態度を取っていたことを覚えています」



 あんな男と結婚してはいけませんよ。そうレノアがうんざりしたように締めくくるので苦しい息の下で笑った。

 そしてジルク王子へと声を張り上げる。


「私に惚れ薬を飲ませた上に嫉妬深いと捨てた貴男に捧げる愛も信頼も永久にございません」


 私、アイリスフィア・エリアルも聖女レノアもこの男に一切の擁護を致しません。

 そう堂々と口にする。


「ジルク王子、貴男との婚約解消を私は強く望みます。そちらの手続きにはご協力くださいね」


 そうして貴男と私はそれきりです。私の言葉に彼は獣のように叫んだ。
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